養生訓 / 巻第一・総論上
いかんとなれば、兵のおこらぬさきに戰はずして勝てばなり。又曰、古之善勝者、勝於易勝者也。養生の道も、亦かくの如くすべし。心の内、わづかに一念の上に力を用ひて、病のいまだおこらざる時、勝ちやすき慾に勝てば病おこらず。良將の戰はずして、勝ちやすきに勝つが如し。是上策なり。是未病を治するの道なり。
新字:いかんとなれば、兵のおこらぬさきに戦はずして勝てばなり。又曰、古之善勝者、勝於易勝者也。養生の道も、亦かくの如くすべし。心の内、わづかに一念の上に力を用ひて、病のいまだおこらざる時、勝ちやすき慾に勝てば病おこらず。良将の戦はずして、勝ちやすきに勝つが如し。是上策なり。是未病を治するの道なり。
書き下し
いかんとなれば、兵のおこらぬさきに戦はずして勝てばなり。又曰、古の善く勝つ者は、勝ち易きに勝つ者なり。養生の道も、亦かくの如くすべし。心の内、わづかに一念の上に力を用ひて、病のいまだおこらざる時、勝ちやすき慾に勝てば病おこらず。良将の戦はずして、勝ちやすきに勝つが如し。是上策なり。是未病を治するの道なり。
現代語訳
なぜなら、戦が起こる前に戦わずして勝つからです。また孫子は、昔のよく勝つ者は、勝ちやすきに勝つ者である、とも言いました。養生の道もまた、このようにすべきです。心の内で、わずかに一念の上に力を用いて、病がまだ起こらない時に、勝ちやすい欲に勝てば、病は起こりません。良将が戦わずして、勝ちやすいものに勝つようなものです。これが上策です。これが未病を治す道です。
解説
『孫子』形篇の「古の善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり」に通じる言葉を引き、養生も欲が小さいうちに勝てと説きます。欲は芽生えたばかりなら一念で抑えられますが、膨らんでからでは手に負えません。病も同じで、兆しのうちに手を打つのが最も楽な勝ち方です。夜食を一度見送る、疲れを感じたら早めに休むといった小さな判断が、戦わずして勝つ養生です。仕事の問題も、小さいうちに片づけるほど労力は少なくて済みます。
この章句が説くこと
孫子未病欲養生上策
関連する章句
-
『養生訓』巻第一・総論上一聖人は未病を治すとは、病いまだおこらざる時かねて慎めば病なく、もし飲食色慾などの内慾をこらへず、風寒暑湿の外邪をふせがざれば、其おかす事はすこしなれども、後に病をなす事は大にして久し。内慾と外邪をつつしまざるによりて大病となりて、思ひの外にふかきうれひにしづみ、久しく苦むは病のならひなり。病をうくれば、病苦のみならず、いたき針にて身をさし、あつき灸にて身をやき、苦き薬にて身をせめ、くひたき物をくはず、飲みたき物を飲まずして、身をくるしめ、心をいたましむ。病なき時、かねて養生よくすれば、病おこらずして、目に見えぬ大なるさいはひとなる。孫子が曰、よく兵を用ふる者は、赫々の功なし。いふ意は、兵を用ふる上手は、あらはれたるてがらなし。
-
『養生訓』巻第一・総論上一古の君子は、礼楽をこのんで行ひ、射御を学び、力を労動し、詠歌舞蹈して血脈を養ひ、嗜慾を節にし、心気を定め、外邪を慎み防ぐ。かくのごとく常に行へば、鍼灸薬を用ひずして病なし。是君子の行ふ所、本をつとむるの法、上策なり。病多きは皆養生の術なきよりおこる。病おこりて薬を服し、いたき鍼、あつき灸をして、父母よりうけし遺体にきずづけ、火をつけ、熱痛をこらへて身をせめ病を療すは、甚末の事、下策なり。たとへば国ををさむるに徳を以てすれば、民おのづから服して乱おこらず、攻め撃つことを用ひず、又保養を用ひずして、只薬と鍼灸を用ひて病をせむるは、たとへば国を治むるに徳を用ひず、下を治むる道なく、臣民うらみそむきて乱をおこすをしづめんとて、兵を用ひてたたかふが如し。百たび戦つて百たび勝つとも、たつとぶにたらず。養生をよくせずして、薬と鍼灸とを頼んで病を治するも、またかくの如し。
-
『養生訓』巻第六・慎病一病なき時、かねてつつしめば病なし。病おこりて後薬を服しても、病癒えがたく、癒ゆる事おそし。小慾をつつしまざれば大病となる。小慾をつつしむ事はやすし、大病となりては苦多し。かねて病苦を思ひやり、後の禍をおそるべし。
-
『養生訓』巻第一・総論上一人の身をたもつには、養生の道をたのむべし、針灸と薬力とをたのむべからず。人の身には口腹耳目の欲ありて、身をせむるもの多し。古人のをしへに、養生のいたれる法あり。孟子にいはゆる寡慾これなり。宋の王昭素も、身を養ふ事は慾を寡くするにしくはなしと云へり。省心録にも、多慾則傷生といへり。およそ人のやまひは皆わが身の慾をほしいままにして、つつしまざるよりおこる、養生の士は、つねにこれを戒とすべし。
-
『養生訓』巻第一・総論上一生を養ふ道は元気を保つを本とす。元気をたもつ道二あり。まづ元気を害する物を去り、又元気を養ふべし。元気を害する物は内慾と外邪となり。すでに元気を害するものを去らば、飲食動静に心を用ひて元気を養ふべし。たとへば田をつくるが如し、まづ苗を害する莠を去りて、後苗に水をそそぎ、肥をして養ふ。養生も亦かくの如し。先害を去りて後よく養ふべし。例へば悪を去りて善を行ふが如くなるべし。気をそこなふ事なくして、養ふ事を多くす。是養生の要なり。つとめ行ふべし。
-
『養生訓』巻第一・総論上敵にかたざれば、必ずせめ亡されて身を失ふ。内外の敵にかちて身をたもつも、其の術を知りて能くふせぐによれり。生れつきたる気つよけれど、術を知らざれば身を守りがたし。たとへば武将の、勇あれども知なくして兵の道をしらざれば、敵にかちがたきが如し。内敵にかつには、心つよくして忍の字を用ふべし。忍はこらふるなり。飲食好色などの欲は、心つよくこらへて、恣にすべからず。心よわくしては内欲にかちがたし。内欲にかつ事は猛将の敵をとりひしぐが如くすべし。是内敵にかつ兵法なり。外敵にかつには、畏の字を用ひて早くふせぐべし。たとへば城中にこもり、四面に敵をうけて、ゆだんなく敵をふせぎ、城をかたく保つが如くなるべし。風寒暑湿にあはば、恐れて早くふせぎ退くべし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る