夜船閑話 / 本文
予も亦淚を含んで禮辭す。徐々として洞口を下れば、木末纔に殘陽を掛く。時に屐聲の丁々として山谷に答ふるあり、且つ驚き且つ怪んで畏づ畏づ回顧すれば、遙に幽が巌窟を離れて自ら送り來るを見る。
新字:予も亦涙を含んで礼辞す。徐々として洞口を下れば、木末纔に残陽を掛く。時に屐声の丁々として山谷に答ふるあり、且つ驚き且つ怪んで畏づ畏づ回顧すれば、遥に幽が巌窟を離れて自ら送り来るを見る。
書き下し
予も亦涙を含んで礼辞す。徐々として洞口を下れば、木末纔に残陽を掛く。時に屐声の丁々として山谷に答ふるあり、且つ驚き且つ怪んで畏づ畏づ回顧すれば、遥に幽が巌窟を離れて自ら送り来るを見る。
現代語訳
わたしもまた涙を浮かべて礼を述べて辞去した。ゆっくりと岩屋の入り口を下っていくと、梢にわずかに夕日がかかっていた。そのとき、下駄の音がかんかんと山や谷に響くのが聞こえた。驚き怪しみながら、おそるおそる振り返ると、はるかに白幽が岩屋を離れて、自ら見送りに来ているのが見えた。
解説
教えを受けて山を下る白隠の背後から、下駄の音が響く。振り返ると、あれほど人を避けていた白幽が自ら見送りに来ていた。夕日と山に響く足音の描写が美しく、物語としての情感が最も高まる場面である。人を避けて暮らす隠者が、真剣に教えを求めた若者のためにわざわざ山を下りてくる。教えを請う者の本気は、教える側の心をも動かすのだということを、言葉ではなく情景で伝えている。
この章句が説くこと
師弟見送り感謝情景白幽本気
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『夜船閑話』本文即ち曰く、人迹不到の山路、西東分ち難し。恐くは帰客を悩せん。老夫しばらく帰程を導かんと云て、大駒屐を着け、痩鳩杖をひき、巉巌を踏み、嶮岨を陟ること、飄々として坦途を行くが如く、談笑して先駆す。山路遥に里許を下て彼渓水の処に到て即ち曰く、此の流水に随ひ下らば、必ず白川の邑に到らむと云て、惨然として別る。且らく柴立して幽が囘歩を目送するに、其老歩の勇壮なること、飄然として世を遁れて羽化して登仙する人の如し。且つ羨み且つ敬す。自ら恨む、世を終るまで此等の人に随逐すること能はざることを。
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『夜船閑話』本文予即ち裳を褰げて上る。巉岩を踏み、蒙茸を披けば、氷雪、草鞋を咬み、雲露、衲衣を圧す。辛汗を滴て苦膏を流して、漸く彼の蘆簾の処に到れば、風致清絶実に物表に丁々たることを覚ふ。心魂震ひ恐れ、肌膚戦栗す。且らく巌根に倚て数息する者数百、少焉あつて衣を振ひ襟を正して、畏づ畏づ鞠躬して、簾子の中を望めば、朦朧として幽が目を収めて端坐するを見る。
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『夜船閑話』本文里人遥に一枝の渓水を指す。即ち彼の水声に随て遥に山渓に入る。正に行くこと里ばかりに、乍ち流水を踏断す。樵径もまたなし。時に一老夫あり、遥に雲烟の間を指す。黄白にして方寸余なる者あり、山気に随て或は顕はれ或は隠る。是幽が洞口に垂下する所の蘆簾なりと。
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『夜船閑話』本文予が曰く、願くは内観の要秘を聞かん。学びがてらに是を修せん。幽粛々如として容をあらため、従容として告て曰く、嗚呼、公の如きは問ふことを好むの士なり。我が昔聞ける所を以て微しく公に告げんか、是養生の秘訣にして人の知ること稀なり。怠らずんば必ず奇功を見ん。久視もまた期しつべし。