夜船閑話 / 本文
里人遙に一枝の溪水を指す。卽ち彼の水聲に隨て遙に山溪に入る。正に行くこと里ばかりに、乍ち流水を踏斷す。樵徑もまたなし。時に一老夫あり、遙に雲烟の間を指す。黄白にして方寸餘なる者あり、山氣に隨て或は顯はれ或は隱る。是幽が洞口に垂下する所の蘆簾なりと。
新字:里人遥に一枝の渓水を指す。即ち彼の水声に随て遥に山渓に入る。正に行くこと里ばかりに、乍ち流水を踏断す。樵径もまたなし。時に一老夫あり、遥に雲烟の間を指す。黄白にして方寸余なる者あり、山気に随て或は顕はれ或は隠る。是幽が洞口に垂下する所の蘆簾なりと。
書き下し
里人遥に一枝の渓水を指す。即ち彼の水声に随て遥に山渓に入る。正に行くこと里ばかりに、乍ち流水を踏断す。樵径もまたなし。時に一老夫あり、遥に雲烟の間を指す。黄白にして方寸余なる者あり、山気に随て或は顕はれ或は隠る。是幽が洞口に垂下する所の蘆簾なりと。
現代語訳
里の人は遠くの一筋の谷川を指さした。そこでその水の音をたよりに、はるばる山深い谷へ入っていった。一里ほど行ったところで、ふいに流れが途切れた。木こりの通う道もない。そのとき一人の老人がいて、遠く雲や霞の間を指さした。黄色がかった白い、一寸四方ほどのものがあり、山の気の流れにつれて見えたり隠れたりしている。あれが白幽の岩屋の入り口に垂らしてある蘆の簾だ、と。
解説
白幽の住まいへ向かう道行きの描写である。道が途切れ、木こりの道もなくなり、最後は雲の間に見え隠れする小さな簾だけが目印になる。求めるものに近づくほど、手がかりは小さく曖昧になっていく。この道行きは、答えを探す過程そのものの比喩として読める。はっきりした地図がなくても、水の音や老人の指さす方向といったささやかな導きに従って進むうちに、目指す場所にたどり着くのである。
この章句が説くこと
道行き手がかり探求導き白幽山
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『夜船閑話』本文即ち曰く、人迹不到の山路、西東分ち難し。恐くは帰客を悩せん。老夫しばらく帰程を導かんと云て、大駒屐を着け、痩鳩杖をひき、巉巌を踏み、嶮岨を陟ること、飄々として坦途を行くが如く、談笑して先駆す。山路遥に里許を下て彼渓水の処に到て即ち曰く、此の流水に随ひ下らば、必ず白川の邑に到らむと云て、惨然として別る。且らく柴立して幽が囘歩を目送するに、其老歩の勇壮なること、飄然として世を遁れて羽化して登仙する人の如し。且つ羨み且つ敬す。自ら恨む、世を終るまで此等の人に随逐すること能はざることを。
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『夜船閑話』本文或人曰く、城の白河の山裡に巖居せる者あり、世人是を名けて白幽先生と云ふ。霊寿三四甲子を閱みし、人居三四里程を隔つ。人を見ることを好まず、行く則は必ず走て避く。人其賢愚を弁ずることなし。里人専ら称して仙人とす。聞く、故の丈山氏の師範にして精く天文に通じ、深く医道に達す。人あり、礼を尽して咨叩する則は、稀に微言を吐く。退いて是を考ふるに大に人に利ありと。此において、宝永第七庚寅孟正中浣、竊に行纒を着け濃東を発し、黒谷を越へ直に白川の邑に到り、包を茶店におろして、幽が厳栖の処を尋ぬ。
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『夜船閑話』本文少焉、幽眼を開いて熟々視て、徐々として告げて曰く、我は是山中半死の陳人、櫨栗を拾ひ食ひ、麋鹿に伴つて睡る。此外更に何をか知らんや。自ら愧づ、遠く上人の来望を労することを、予即ち転々咨叩して休まず。
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『夜船閑話』本文予も亦涙を含んで礼辞す。徐々として洞口を下れば、木末纔に残陽を掛く。時に屐声の丁々として山谷に答ふるあり、且つ驚き且つ怪んで畏づ畏づ回顧すれば、遥に幽が巌窟を離れて自ら送り来るを見る。
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『夜船閑話』本文癡々兀々、月の大小を記せず、年の閏余を知らず、世念次第に軽微にして、人欲の旧習もいつしか忘れたるが如し。馬年今歳何十歳なることもまた知らず。中頃端由有て若州の山中に潜遁する者大凡三十歳世人都て知ることなし。其中間を顧るに、恰も黄粱半熟の一夢の如し。今、此山中無人の処に向て此枯槁の一具骨を放て、大布の単衣纔に二三片を掛け、厳冬の寒威、綿を折くの夜といへども、枯腸を凍損するにいたらず、山粒すでに断へて穀気を受けざること、動もすれば数月に及ぶといへども、終に凍餒の覚へも無きことは、皆此観の力ならずや。我今既に公に告るに一生用ひ尽さゞる底の秘訣を以てす。此外更に何をか云はんやと云て、目を収めて黙坐す。