夜船閑話 / 本文
或人曰く、城の白河の山裡に巖居せる者あり、世人是を名けて白幽先生と云ふ。靈壽三四甲子を閱みし、人居三四里程を隔つ。人を見ることを好まず、行く則は必ず走て避く。人其賢愚を辨ずることなし。里人專ら稱して仙人とす。聞く、故の丈山氏の師範にして精く天文に通じ、深く醫道に達す。人あり、禮を盡して咨叩する則は、稀に微言を吐く。退いて是を考ふるに大に人に利ありと。此において、寶永第七庚寅孟正中浣、竊に行纒を着け濃東を發し、黑谷を越へ直に白川の邑に到り、包を茶店におろして、幽が嚴栖の處を尋ぬ。
新字:或人曰く、城の白河の山裡に巖居せる者あり、世人是を名けて白幽先生と云ふ。霊寿三四甲子を閱みし、人居三四里程を隔つ。人を見ることを好まず、行く則は必ず走て避く。人其賢愚を弁ずることなし。里人専ら称して仙人とす。聞く、故の丈山氏の師範にして精く天文に通じ、深く医道に達す。人あり、礼を尽して咨叩する則は、稀に微言を吐く。退いて是を考ふるに大に人に利ありと。此において、宝永第七庚寅孟正中浣、竊に行纒を着け濃東を発し、黒谷を越へ直に白川の邑に到り、包を茶店におろして、幽が厳栖の処を尋ぬ。
書き下し
或人曰く、城の白河の山裡に巖居せる者あり、世人是を名けて白幽先生と云ふ。霊寿三四甲子を閱みし、人居三四里程を隔つ。人を見ることを好まず、行く則は必ず走て避く。人其賢愚を弁ずることなし。里人専ら称して仙人とす。聞く、故の丈山氏の師範にして精く天文に通じ、深く医道に達す。人あり、礼を尽して咨叩する則は、稀に微言を吐く。退いて是を考ふるに大に人に利ありと。此において、宝永第七庚寅孟正中浣、竊に行纒を着け濃東を発し、黒谷を越へ直に白川の邑に到り、包を茶店におろして、幽が厳栖の処を尋ぬ。
現代語訳
ある人が言った。京の白河の山中に、岩屋に住む者がいる。世の人はこれを白幽先生と呼んでいる。年は三、四回りの還暦を経ていて、人里から三、四里離れて住んでいる。人に会うことを好まず、人が行けば必ず走って避ける。人々はその人が賢いのか愚かなのかも分からない。里の人はもっぱら仙人だと称している。聞くところでは、もとは石川丈山の師で、天文に精しく、医術にも深く通じているという。礼を尽くして教えを請う者があれば、まれに奥深い言葉を漏らす。帰ってからそれを考えると、大いに人の役に立つという。そこで宝永七年正月の中旬、ひそかに脚絆をつけて美濃の東を出発し、黒谷を越えて、まっすぐに白川の村に至り、茶店に荷を下ろして、白幽の住む岩屋のありかを尋ねた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・微子篇長沮・桀溺、耦して耕す。孔子之を過ぎ、子路をして津を問わしむ。長沮曰く、「夫の輿を執る者は誰と為す。」子路曰く、「孔丘と為す。」曰く、「是れ魯の孔丘か。」曰く、「是なり。」曰く、「是れ津を知れり。」桀溺に問う。桀溺曰く、「子は誰と為す。」曰く、「仲由と為す。」曰く、「是れ魯の孔丘の徒か。」対えて曰く、「然り。」曰く、「滔滔たる者、天下皆是なり。而して誰と以にか之を易えん。且つ而其の人を辟くるの士に従わんよりは、豈に世を辟くるの士に従うに若かんや。」耰して輟めず。子路行きて以て告ぐ。夫子憮然として曰く、「鳥獣は与に群を同じくす可からず。吾斯の人の徒と与にするに非ずして誰と与にせん。天下に道有らば、丘は与に易えざるなり。」
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論語・憲問篇子、磬を衛に撃つ。蕢を荷いて孔氏の門を過ぐる者有り、曰く、「心有るかな、磬を撃つや。」既にして曰く、「鄙なるかな、硜硜乎たり。己を知ること莫くんば、斯れ已まんのみ。『深ければ則ち厲し、浅ければ則ち掲す。』」子曰く、「果なるかな。之を難ずること末し。」
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『学問のすゝめ』十三編・怨望の人間に害あるを論ず・彼も一歩を退け我もまた一歩を退け元来人の性は交わりを好むものなれども、習慣によればかえってこれを嫌うに至るべし。世に変人奇物とて、ことさらに山村僻邑におり世の交際を避くる者あり。これを隠者と名づく。あるいは真の隠者にあらざるも、世間の付合いを好まずして一家に閉居し、俗塵を避くるなどとて得意の色をなす者なきにあらず。この輩の意を察するに、必ずしも政府の所置を嫌うのみにて身を退くるにあらず、その心志怯弱にして物に接するの勇なく、その度量狭小にして人を容るること能わず、人を容るること能わざれば人もまたこれを容れず、彼も一歩を退け我もまた一歩を退け、歩々相遠ざかりてついに異類の者のごとくなり、後には讐敵のごとくなりて、互いに怨望するに至ることあり。世の中に大なる禍と言うべし。
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『呻吟語』外篇・品藻・此れ是れ大病痛山林の處士は常に一個の傲慢輕人の象を養ひ、常に一腹の痛憤不平の氣を積む。此れ是れ大病痛なり。