夜船閑話 / 本文
予が曰く、願くは內觀の要秘を聞かん。學びがてらに是を修せん。幽肅々如として容をあらため、從容として告て曰く、嗚呼、公の如きは問ふことを好むの士なり。我が昔聞ける所を以て微しく公に告げんか、是養生の秘訣にして人の知ること稀なり。怠らずんば必ず奇功を見ん。久視もまた期しつべし。
新字:予が曰く、願くは内観の要秘を聞かん。学びがてらに是を修せん。幽粛々如として容をあらため、従容として告て曰く、嗚呼、公の如きは問ふことを好むの士なり。我が昔聞ける所を以て微しく公に告げんか、是養生の秘訣にして人の知ること稀なり。怠らずんば必ず奇功を見ん。久視もまた期しつべし。
書き下し
予が曰く、願くは内観の要秘を聞かん。学びがてらに是を修せん。幽粛々如として容をあらため、従容として告て曰く、嗚呼、公の如きは問ふことを好むの士なり。我が昔聞ける所を以て微しく公に告げんか、是養生の秘訣にして人の知ること稀なり。怠らずんば必ず奇功を見ん。久視もまた期しつべし。
現代語訳
わたしは言った。どうか内観の秘要をお聞かせください。学びながらこれを修めたいのです。白幽は厳かに居住まいを正し、ゆったりと告げて言った。ああ、おまえのような者は、問うことを好む人物である。わたしが昔聞いたことを、少しおまえに告げようか。これは養生の秘訣で、知る人はまれである。怠らなければ、必ず驚くべき効き目を見るだろう。長生きもまた期待できる。
解説
白隠の熱意に動かされ、白幽がついに教えを語り始める場面である。好問の士という評価は、『中庸』で舜が問うことを好んだと称えられる故事を思わせる。白幽は白隠の病状よりも、その問い続ける姿勢を見て、教えるに足る人物だと判断したのだ。問うことを恥じず、分からないことを分からないと言える人のもとにこそ、知恵は集まってくる。学ぶ力の核が、問いを持ち続けることにあると示している。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
好問問い学び師弟養生継続
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