夜船閑話 / 本文
予卽ち裳を褰げて上る。巉岩を踏み、蒙茸を披けば、氷雪、草鞋を咬み、雲露、衲衣を壓す。辛汗を滴て苦膏を流して、漸く彼の蘆簾の處に到れば、風致淸絕實に物表に丁々たることを覺ふ。心魂震ひ恐れ、肌膚戰栗す。且らく巌根に倚て數息する者數百、少焉あつて衣を振ひ襟を正して、畏づ畏づ鞠躬して、簾子の中を望めば、朦朧として幽が目を收めて端坐するを見る。
新字:予即ち裳を褰げて上る。巉岩を踏み、蒙茸を披けば、氷雪、草鞋を咬み、雲露、衲衣を圧す。辛汗を滴て苦膏を流して、漸く彼の蘆簾の処に到れば、風致清絶実に物表に丁々たることを覚ふ。心魂震ひ恐れ、肌膚戦栗す。且らく巌根に倚て数息する者数百、少焉あつて衣を振ひ襟を正して、畏づ畏づ鞠躬して、簾子の中を望めば、朦朧として幽が目を収めて端坐するを見る。
書き下し
予即ち裳を褰げて上る。巉岩を踏み、蒙茸を披けば、氷雪、草鞋を咬み、雲露、衲衣を圧す。辛汗を滴て苦膏を流して、漸く彼の蘆簾の処に到れば、風致清絶実に物表に丁々たることを覚ふ。心魂震ひ恐れ、肌膚戦栗す。且らく巌根に倚て数息する者数百、少焉あつて衣を振ひ襟を正して、畏づ畏づ鞠躬して、簾子の中を望めば、朦朧として幽が目を収めて端坐するを見る。
現代語訳
わたしはすぐに衣の裾をからげて登った。けわしい岩を踏み、生い茂る草を押し分けていくと、氷や雪が草鞋にかみつき、雲や露が衣にのしかかる。つらい汗をしたたらせ、苦しい脂汗を流して、ようやくあの蘆の簾のところに着くと、景色は清らかで俗世を離れ、まことに世の外にそびえ立つような心地がした。心は震え恐れ、肌はおののいた。しばらく岩の根もとに寄りかかって息を数えること数百、しばらくして衣を払い襟を正し、おそるおそる身をかがめて簾の中をのぞくと、ぼんやりと白幽が目を閉じて端坐しているのが見えた。
解説

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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。