夜船閑話 / 本文
予が曰く、酥を用るの法得て聞いつべしや。幽が曰く、行者定中、四大調和せず、身心ともに勞疲することを覺せば、心を起して應さに此想を成ずべし。譬へば色香淸淨の輭蘇鴨卵の大さの如くなる者、頂上に頓在せんに、其氣味微妙にして、遍く頭顱の間をうるほし、浸々として潤下し來て、兩肩及び雙臂、兩乳胸膈の間、肺肝腸胃、脊梁臀骨、次第に沾注し將ち去る。此時に當て胸中の五積六聚疝癖塊痛心に隨て降下すること、水の下につくが如く、歷々として、聲あり。遍身を周流し、雙脚を温潤し、足心に至て卽ち止む。
新字:予が曰く、酥を用るの法得て聞いつべしや。幽が曰く、行者定中、四大調和せず、身心ともに労疲することを覚せば、心を起して応さに此想を成ずべし。譬へば色香清浄の輭蘇鴨卵の大さの如くなる者、頂上に頓在せんに、其気味微妙にして、遍く頭顱の間をうるほし、浸々として潤下し来て、両肩及び双臂、両乳胸膈の間、肺肝腸胃、脊梁臀骨、次第に沾注し将ち去る。此時に当て胸中の五積六聚疝癖塊痛心に随て降下すること、水の下につくが如く、歴々として、声あり。遍身を周流し、双脚を温潤し、足心に至て即ち止む。
書き下し
予が曰く、酥を用るの法得て聞いつべしや。幽が曰く、行者定中、四大調和せず、身心ともに労疲することを覚せば、心を起して応さに此想を成ずべし。譬へば色香清浄の輭蘇鴨卵の大さの如くなる者、頂上に頓在せんに、其気味微妙にして、遍く頭顱の間をうるほし、浸々として潤下し来て、両肩及び双臂、両乳胸膈の間、肺肝腸胃、脊梁臀骨、次第に沾注し将ち去る。此時に当て胸中の五積六聚疝癖塊痛心に随て降下すること、水の下につくが如く、歴々として、声あり。遍身を周流し、双脚を温潤し、足心に至て即ち止む。
現代語訳
わたしは言った。酥を用いる法を、お聞かせいただけますか。白幽は言った。修行者が坐禅の最中に、体を構成する四大が調和せず、身も心も疲れ果てたと感じたなら、心を起こしてこのように思い描きなさい。たとえば色も香りも清らかな軟らかい酥が、鴨の卵ほどの大きさで、頭のてっぺんに置かれているとする。その香りと味わいは微妙で、頭全体をあまねく潤し、じわじわと潤いながら降りてきて、両肩、両腕、両乳と胸のあたり、肺、肝、腸、胃、背骨、尻の骨へと、しだいに注ぎ流れていく。このとき、胸の中のしこりや痛みが、心に従って降りていくことは、水が低いところへ流れるようで、はっきりと音が聞こえるほどである。全身を巡り流れ、両足を温め潤し、足の裏に至って止まる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『夜船閑話』本文行者再び応さに此観を成ずべし。彼の浸々として潤下する所の余流積り湛へて暖め蘸すこと、恰も世の良医の種々妙香の薬物を集め、是を煎湯して浴盤の中に盛り湛へて、我が臍輪已下を漬け蘸すが如し。此観をなすとき、唯心所現の故に、鼻根乍ち希有の香気を聞き、身根俄に妙好の軽触を受く。身心調適なること、二三十歳の時には遥に勝れり。此時に当て積聚を消融し、腸胃を調和し、覚へず肌膚光沢を生ず。若其勤めて怠らずんば、何れの病か治せざらむ、何れの徳かつまざらむ、何れの仙か成ぜざる、何れの道か成ぜざる。其功験の遅速は、行人の進修の精麁に依るらくのみ。
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『夜船閑話』本文公若し心炎意火を収めて丹田及び足心の間におかば、胸膈自然に清涼にして一点の計較思想なく、一滴の識浪情波なけん。是真観清浄観なり。云ふことなかれ、しばらく禅観を抛下せんと。仏の言はく、心を足心にをさめて、能く百一の病を治すと。阿含に酥を用るの法あり、心の労疲を救ふこと尤妙なり。天台の摩訶止観に病因を論ずること甚だ尽せり。治法を説くことも亦甚だ精密なり。十二種の息あり、よく衆病を治す。臍輪を縁して豆子を見るの法あり。其大意、心火を降下して丹田及び足心に収るを以て至要とす。但病を治するのみにあらず、大に禅観を助く。
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『夜船閑話』序若し此秘要を修せんと欲せば、且らく工夫を抛下し話頭を拈放して先須らく熟睡一覚すべし。其未だ睡りにつかず眼を合せざる以前に向て、長く両脚を展べ、强く踏みそろへ、一身の元気をして臍輪気海、丹田腰脚、足心の間に充たしめ、時々に此観を成すべし。我此の気海丹田、腰脚足心、総に是我が本来の面目、面目何の鼻孔かある。我が此の気海丹田、総に是我が本分の家郷家郷何の消息かある。我が此の気海丹田、総に是我が唯心の浄土、浄土何の荘厳かある。我が此の気海丹田、総に是我が己身の弥陀、弥陀何の法をか説くと、打返し打返し常に斯くの如く妄想すべし。
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『夜船閑話』本文走、始め丱歳の時多病にして公の患に十倍しき。衆医総に顧みざるに到る。百端を窮むといへども、救ふべきの術なし。此において上下の神祇に祈て、天仙の冥助を請ひ願ふ。何の幸ぞや、計らずも此の輭酥の妙術を伝受することを。歓喜に堪へず綿々として精修す。未だ期月ならざるに、衆病大半消除す。爾来身心軽安なることを覚ゆるのみ。
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『夜船閑話』序是を憐み是を愁て、師不予の色有る者連日、乍ち忍俊不禁にして雲頭を按下し、老婆の臭乳を絞つて是に授るに内観の秘訣を以てす。乃ち云く、若是参禅弁道の上士心火逆上し、身心労疲し、五内調和せざることあらんに、鍼灸薬の三つを以て是を治せんと欲せば、縦ひ華陀扁倉といへども、輙く救ひ得ること能はじ。我に仙人還丹の秘訣あり、儞が輩試に是を修せよ、奇功を見ること、雲霧を披いて皎日を見るが如けん。
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『夜船閑話』本文又蘇内翰が曰く、已に飢へて方に食し、未だ飽かずして先止む。散歩逍遥し務めて腹をして空からしめ、腹の空なる時に当て即ち静室に入り、端坐黙然として出入の息を数へよ。一息よりかぞへて十に到り、十より数へて百に到る。百より数へ将ち去て千に到て、此身兀然として此心寂然たること虚空と等し。斯の如くなること久ふして一息おのづから止まる。出でず入らざる時、此息八万四千の毛竅の中より雲蒸し、霧起るが如く、無始劫来の諸病自ら除き、諸障自然に除滅することを明悟せん。譬へば盲人の忽然として眼を開くが如けん。