夜船閑話 / 本文
又蘇內翰が曰く、已に飢へて方に食し、未だ飽かずして先止む。散歩逍遙し務めて腹をして空からしめ、腹の空なる時に當て卽ち靜室に入り、端坐默然として出入の息を數へよ。一息よりかぞへて十に到り、十より數へて百に到る。百より數へ將ち去て千に到て、此身兀然として此心寂然たること虚空と等し。斯の如くなること久ふして一息おのづから止まる。出でず入らざる時、此息八萬四千の毛竅の中より雲蒸し、霧起るが如く、無始劫來の諸病自ら除き、諸障自然に除滅することを明悟せん。譬へば盲人の忽然として眼を開くが如けん。
新字:又蘇内翰が曰く、已に飢へて方に食し、未だ飽かずして先止む。散歩逍遥し務めて腹をして空からしめ、腹の空なる時に当て即ち静室に入り、端坐黙然として出入の息を数へよ。一息よりかぞへて十に到り、十より数へて百に到る。百より数へ将ち去て千に到て、此身兀然として此心寂然たること虚空と等し。斯の如くなること久ふして一息おのづから止まる。出でず入らざる時、此息八万四千の毛竅の中より雲蒸し、霧起るが如く、無始劫来の諸病自ら除き、諸障自然に除滅することを明悟せん。譬へば盲人の忽然として眼を開くが如けん。
書き下し
又蘇内翰が曰く、已に飢へて方に食し、未だ飽かずして先止む。散歩逍遥し務めて腹をして空からしめ、腹の空なる時に当て即ち静室に入り、端坐黙然として出入の息を数へよ。一息よりかぞへて十に到り、十より数へて百に到る。百より数へ将ち去て千に到て、此身兀然として此心寂然たること虚空と等し。斯の如くなること久ふして一息おのづから止まる。出でず入らざる時、此息八万四千の毛竅の中より雲蒸し、霧起るが如く、無始劫来の諸病自ら除き、諸障自然に除滅することを明悟せん。譬へば盲人の忽然として眼を開くが如けん。
現代語訳
また蘇東坡は言った。十分に空腹になってから食べ、まだ満腹にならないうちにやめる。ぶらぶらと散歩して努めて腹を空かせ、腹が空いたときに静かな部屋に入り、きちんと坐って黙って、出入りする息を数えなさい。一息から数えて十に至り、十から数えて百に至る。百から数え続けて千に至れば、この身はどっしりとして動かず、この心はひっそりと静かで、虚空と等しくなる。このようにして久しくすれば、息はおのずから止まる。出もせず入りもしないとき、この息が八万四千の毛穴の中から雲が湧き霧が立つように出入りして、始まりのない昔からの病がおのずから除かれ、さまざまな障りが自然に消え去ることを、はっきりと悟るだろう。たとえば盲人がふいに目を開いたようなものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『夜船閑話』本文又白雲和尚曰く、我つねに心をして腔子の中に充たしむ。徒を匡し、衆を領し、賓を接し、機に応じ、及び小参普説七縦八横の間において、是を用ひてつくることなし。老来殊に利益多きことを覚ふと。寔に貴ふべし。是蓋し素問に謂ゆる恬澹虚無なれば、真気是にしたがふ。精神内に守らば、病何れより来らむと云ふ語に本づき玉ふものならむか。且つ夫れ内に守るの要、元気をして一身の中に充塞せしめ、三百六十の骨節、八万四千の毛竅、一毫髪ばかりも欠欠の処なからしめんことを要す。是生を養ふ至要なることを知るべし。
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『夜船閑話』本文公若し心炎意火を収めて丹田及び足心の間におかば、胸膈自然に清涼にして一点の計較思想なく、一滴の識浪情波なけん。是真観清浄観なり。云ふことなかれ、しばらく禅観を抛下せんと。仏の言はく、心を足心にをさめて、能く百一の病を治すと。阿含に酥を用るの法あり、心の労疲を救ふこと尤妙なり。天台の摩訶止観に病因を論ずること甚だ尽せり。治法を説くことも亦甚だ精密なり。十二種の息あり、よく衆病を治す。臍輪を縁して豆子を見るの法あり。其大意、心火を降下して丹田及び足心に収るを以て至要とす。但病を治するのみにあらず、大に禅観を助く。
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『夜船閑話』本文許俊が云く、蓋し気下焦に在る則は、其息遠く、気上焦に有る則は、其息促まる。上陽子が曰く、人に真一の気有り、丹田の中に降下する則は、一陽また復す。若人始陽初復の候を知らむと欲せば、暖気を以て是が信とすべし。大凡生を養ふの道、上部は常に清凉ならんことを要し、下部は常に温暖ならんことを要せよ。
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『夜船閑話』序若し此秘要を修せんと欲せば、且らく工夫を抛下し話頭を拈放して先須らく熟睡一覚すべし。其未だ睡りにつかず眼を合せざる以前に向て、長く両脚を展べ、强く踏みそろへ、一身の元気をして臍輪気海、丹田腰脚、足心の間に充たしめ、時々に此観を成すべし。我此の気海丹田、腰脚足心、総に是我が本来の面目、面目何の鼻孔かある。我が此の気海丹田、総に是我が本分の家郷家郷何の消息かある。我が此の気海丹田、総に是我が唯心の浄土、浄土何の荘厳かある。我が此の気海丹田、総に是我が己身の弥陀、弥陀何の法をか説くと、打返し打返し常に斯くの如く妄想すべし。
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『夜船閑話』本文此時人に尋ねて路頭を指すことを用ひず。只要す、尋常言語を省略して、爾の元気を長養せんことを。是故に云ふ、目力を養ふ者は常に瞑し、耳根を養ふ者は常に飽き、心気を養ふ者は常に黙すと。
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『夜船閑話』本文彭祖が曰く、和神導気の法当さに深く、密室を鎖し、牀を案し、席を煖め、枕の高さ二寸半、正身偃臥し、瞑目して心気を胸膈の中に閉ざし、鴻毛を以て鼻上につけて動ざること三百息を経て、耳聞く処なく、目見る処なく、斯の如くなる則は、寒暑も侵かすこと能はず、蜂蠆も毒すること能はず、寿三百六十歳是真人に近かしと。