夜船閑話 / 本文
又白雲和尙曰く、我つねに心をして腔子の中に充たしむ。徒を匡し、衆を領し、賓を接し、機に應じ、及び小參普說七縱八橫の間において、是を用ひてつくることなし。老來殊に利益多きことを覺ふと。寔に貴ふべし。是蓋し素問に謂ゆる恬澹虚無なれば、眞氣是にしたがふ。精神內に守らば、病何れより來らむと云ふ語に本づき玉ふものならむか。且つ夫れ内に守るの要、元氣をして一身の中に充塞せしめ、三百六十の骨節、八萬四千の毛竅、一毫髮ばかりも欠缺の處なからしめんことを要す。是生を養ふ至要なることを知るべし。
新字:又白雲和尚曰く、我つねに心をして腔子の中に充たしむ。徒を匡し、衆を領し、賓を接し、機に応じ、及び小参普説七縦八横の間において、是を用ひてつくることなし。老来殊に利益多きことを覚ふと。寔に貴ふべし。是蓋し素問に謂ゆる恬澹虚無なれば、真気是にしたがふ。精神内に守らば、病何れより来らむと云ふ語に本づき玉ふものならむか。且つ夫れ内に守るの要、元気をして一身の中に充塞せしめ、三百六十の骨節、八万四千の毛竅、一毫髪ばかりも欠欠の処なからしめんことを要す。是生を養ふ至要なることを知るべし。
書き下し
又白雲和尚曰く、我つねに心をして腔子の中に充たしむ。徒を匡し、衆を領し、賓を接し、機に応じ、及び小参普説七縦八横の間において、是を用ひてつくることなし。老来殊に利益多きことを覚ふと。寔に貴ふべし。是蓋し素問に謂ゆる恬澹虚無なれば、真気是にしたがふ。精神内に守らば、病何れより来らむと云ふ語に本づき玉ふものならむか。且つ夫れ内に守るの要、元気をして一身の中に充塞せしめ、三百六十の骨節、八万四千の毛竅、一毫髪ばかりも欠欠の処なからしめんことを要す。是生を養ふ至要なることを知るべし。
現代語訳
また白雲和尚は言った。わたしは常に心を体の中に満たしている。弟子を正し、大衆を率い、客を迎え、機に応じて教え、小参や普説など縦横無尽に説法する間においても、これを用いて尽きることがない。年老いてからは特に利益が多いことを感じる、と。まことに尊ぶべきである。これは思うに、『素問』にいう、心が静かで欲がなければ真の気がそれに従い、精神を内に守っていれば病はどこから来ようか、という言葉に基づいておられるのであろう。そもそも内に守る要は、元気を全身に満ちふさがらせ、三百六十の骨の節、八万四千の毛穴の、髪の毛一本ほども欠けるところのないようにすることにある。これが生命を養う最も大切なことであると知らなければならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『夜船閑話』序是を憐み是を愁て、師不予の色有る者連日、乍ち忍俊不禁にして雲頭を按下し、老婆の臭乳を絞つて是に授るに内観の秘訣を以てす。乃ち云く、若是参禅弁道の上士心火逆上し、身心労疲し、五内調和せざることあらんに、鍼灸薬の三つを以て是を治せんと欲せば、縦ひ華陀扁倉といへども、輙く救ひ得ること能はじ。我に仙人還丹の秘訣あり、儞が輩試に是を修せよ、奇功を見ること、雲霧を披いて皎日を見るが如けん。
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『夜船閑話』本文公若し心炎意火を収めて丹田及び足心の間におかば、胸膈自然に清涼にして一点の計較思想なく、一滴の識浪情波なけん。是真観清浄観なり。云ふことなかれ、しばらく禅観を抛下せんと。仏の言はく、心を足心にをさめて、能く百一の病を治すと。阿含に酥を用るの法あり、心の労疲を救ふこと尤妙なり。天台の摩訶止観に病因を論ずること甚だ尽せり。治法を説くことも亦甚だ精密なり。十二種の息あり、よく衆病を治す。臍輪を縁して豆子を見るの法あり。其大意、心火を降下して丹田及び足心に収るを以て至要とす。但病を治するのみにあらず、大に禅観を助く。
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『夜船閑話』序馬年今歳古稀に越へたりといへども、半点の病患なく歯牙全く揺落せず、眼耳次第に分明にして、動もすれば靉靆を忘る。毎月両度の法施終に怠倦せず、請に佗方に応じて三百五百の海衆を聚会して、或は五旬七旬を経に録に雲水の所望に随て胡説乱道する者大凡五六十会に及ぶといへども、終に一日も罷講斎を鎖さず。身心健康気力は次第に二三十歳の時には遥かに勝されり。是皆彼の内観の奇功に依ることを覚ふ。
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『夜船閑話』序此において真正参玄の上士両三輩を得て、内観と参禅と共に合せ並らべ貯へて、且つ耕し且つ戦ふ者蓋し茲に三十年。年々一員を添へ二肩を增し得て、今既に二百衆に近かし。其中間方来の衲子、労屈疲倦の族、或は心火逆上し正に発狂せんとする底を憐み、密かに此内観の至要を伝授し、立所に快癒せしめ、転々悟れば転々進ましむ。
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『夜船閑話』本文此時人に尋ねて路頭を指すことを用ひず。只要す、尋常言語を省略して、爾の元気を長養せんことを。是故に云ふ、目力を養ふ者は常に瞑し、耳根を養ふ者は常に飽き、心気を養ふ者は常に黙すと。
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『夜船閑話』本文又蘇内翰が曰く、已に飢へて方に食し、未だ飽かずして先止む。散歩逍遥し務めて腹をして空からしめ、腹の空なる時に当て即ち静室に入り、端坐黙然として出入の息を数へよ。一息よりかぞへて十に到り、十より数へて百に到る。百より数へ将ち去て千に到て、此身兀然として此心寂然たること虚空と等し。斯の如くなること久ふして一息おのづから止まる。出でず入らざる時、此息八万四千の毛竅の中より雲蒸し、霧起るが如く、無始劫来の諸病自ら除き、諸障自然に除滅することを明悟せん。譬へば盲人の忽然として眼を開くが如けん。