夜船閑話 / 本文
許俊が云く、蓋し氣下焦に在る則は、其息遠く、氣上焦に有る則は、其息促まる。上陽子が曰く、人に眞一の氣有り、丹田の中に降下する則は、一陽また復す。若人始陽初復の候を知らむと欲せば、暖氣を以て是が信とすべし。大凡生を養ふの道、上部は常に淸凉ならんことを要し、下部は常に溫暖ならんことを要せよ。
新字:許俊が云く、蓋し気下焦に在る則は、其息遠く、気上焦に有る則は、其息促まる。上陽子が曰く、人に真一の気有り、丹田の中に降下する則は、一陽また復す。若人始陽初復の候を知らむと欲せば、暖気を以て是が信とすべし。大凡生を養ふの道、上部は常に清凉ならんことを要し、下部は常に温暖ならんことを要せよ。
書き下し
許俊が云く、蓋し気下焦に在る則は、其息遠く、気上焦に有る則は、其息促まる。上陽子が曰く、人に真一の気有り、丹田の中に降下する則は、一陽また復す。若人始陽初復の候を知らむと欲せば、暖気を以て是が信とすべし。大凡生を養ふの道、上部は常に清凉ならんことを要し、下部は常に温暖ならんことを要せよ。
現代語訳
許俊は言っている。思うに、気が下焦にあるときは呼吸が深く遠く、気が上焦にあるときは呼吸がせわしく短くなる、と。上陽子は言っている。人には真一の気がある。それが丹田の中に降りれば、一陽がまた戻ってくる。もし人が陽気が初めて戻る兆しを知りたいと思うなら、温かさをそのしるしとしなさい、と。おおよそ生命を養う道は、上部は常に涼しく、下部は常に温かくあることが肝要である。
解説
医家や道家の言葉を重ねて、気の位置と呼吸の深さの関係を説く。気が下にあれば呼吸は深く、上にあれば浅くせわしい。そして結論として、頭は涼しく足もとは温かく、という養生の基本が示される。これは東洋の養生で古くから言われる頭寒足熱の考え方と同じである。頭が熱くなって足が冷えるのは、白隠自身が苦しんだ禅病の症状そのものだった。のぼせと冷えの両方を感じたら、この原則を思い出したい。
この章句が説くこと
頭寒足熱呼吸丹田養生冷えのぼせ
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