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夜船閑話 / 本文

予が曰く、謹んで命を聞いつ。且らく禪觀を抛下し、努め力めて治するを以て期とせん。恐るゝ所は李士才が謂ゆる淸降に偏なる者にあらずや。心を一處に制せば、氣血或は滯碍することなからむか。

新字:予が曰く、謹んで命を聞いつ。且らく禅観を抛下し、努め力めて治するを以て期とせん。恐るゝ所は李士才が謂ゆる清降に偏なる者にあらずや。心を一処に制せば、気血或は滞碍することなからむか。

書き下し

予が曰く、謹んで命を聞いつ。且らく禅観を抛下し、努め力めて治するを以て期とせん。恐るゝ所は李士才が謂ゆる清降に偏なる者にあらずや。心を一処に制せば、気血或は滞碍することなからむか。

現代語訳

わたしは言った。謹んでお教えを承りました。しばらく禅の観法を投げ出して、努め励んで治すことを目標にいたします。ただ気がかりなのは、李士才のいう、冷やして降ろすことに偏った方法ではないかということです。心を一か所に押しとどめたら、気や血がかえって滞ることはないでしょうか。

解説

教えを受けた白隠が、すぐに鵜呑みにせず疑問をぶつける場面である。李士才は明代の医家李中梓で、体を冷やす治療に偏ることの害を戒めた人物だ。心を下腹部に集中させ続けると、かえって気血の流れが滞るのではないか、という問いは、医学の知識を持つ者らしい鋭い疑問である。師の教えに対して、自分の持つ知識と照らして疑問を投げかける態度は、学びを深めるために欠かせない。素直さと批判的思考は両立するのである。

この章句が説くこと

疑問批判的思考李士才医学問答学び

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