夜船閑話 / 本文
昔し吳契初、石臺先生に見ゆ。齋戒して鍊丹の術を問ふ。先生の云く、我に元玄眞丹の神秘あり、上々の器にあらざるよりんば、得て傳ふべからず。古へ黃成子是を以て黃帝に傳ふ。帝三七齋戒して是を受く。夫大道の外に眞丹なく、眞丹の外に大道なし。
新字:昔し呉契初、石台先生に見ゆ。斎戒して錬丹の術を問ふ。先生の云く、我に元玄真丹の神秘あり、上々の器にあらざるよりんば、得て伝ふべからず。古へ黄成子是を以て黄帝に伝ふ。帝三七斎戒して是を受く。夫大道の外に真丹なく、真丹の外に大道なし。
書き下し
昔し吳契初、石台先生に見ゆ。斎戒して錬丹の術を問ふ。先生の云く、我に元玄真丹の神秘あり、上々の器にあらざるよりんば、得て伝ふべからず。古へ黄成子是を以て黄帝に伝ふ。帝三七斎戒して是を受く。夫大道の外に真丹なく、真丹の外に大道なし。
現代語訳
昔、呉契初が石台先生に会い、身を清めて錬丹の術を尋ねた。先生は言った。わたしには元玄真丹の神秘の法がある。最上の器量を持つ者でなければ、伝えることはできない。昔、黄成子(広成子)がこれを黄帝に伝え、黄帝は二十一日間身を清めてこれを受けた。そもそも大いなる道の外に真の丹はなく、真の丹の外に大いなる道はない。
解説
道教の伝承を引いて、錬丹の秘法の本質を示す。黄成子は、黄帝に道を授けたと伝えられる仙人の広成子を指すとみられる。重要なのは最後の一句で、不老不死の薬とされる真の丹は、大いなる道そのものと別物ではない、という。特別な秘薬や秘法を外に求めても、それは道を離れたところにはない。成功の秘訣や近道を探し回るより、本筋の道を歩むこと自体に答えがある、という示唆として読むことができる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
錬丹道教大道秘訣本質伝承
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