夜船閑話 / 序
稿中何の說く處ぞ。曰く、大凡生を養ひ長壽を保つの要、形を鍊るにしかず。形を鍊るの要、神氣をして丹田氣海の間に凝らしむるにあり。神凝る則は氣聚る。氣聚る則は、卽ち眞丹成る。丹成る則は形固し。形固き則は神全し。神全き則は壽がし。是仙人九轉還丹の秘訣に契へり。須らく知るべし、丹は果して外物に非ざることを。千萬唯心火を降下し、氣海丹田の間に充たしむるに有るらくのみ。
新字:稿中何の説く処ぞ。曰く、大凡生を養ひ長寿を保つの要、形を錬るにしかず。形を錬るの要、神気をして丹田気海の間に凝らしむるにあり。神凝る則は気聚る。気聚る則は、即ち真丹成る。丹成る則は形固し。形固き則は神全し。神全き則は寿がし。是仙人九転還丹の秘訣に契へり。須らく知るべし、丹は果して外物に非ざることを。千万唯心火を降下し、気海丹田の間に充たしむるに有るらくのみ。
書き下し
稿中何の説く処ぞ。曰く、大凡生を養ひ長寿を保つの要、形を錬るにしかず。形を錬るの要、神気をして丹田気海の間に凝らしむるにあり。神凝る則は気聚る。気聚る則は、即ち真丹成る。丹成る則は形固し。形固き則は神全し。神全き則は寿がし。是仙人九転還丹の秘訣に契へり。須らく知るべし、丹は果して外物に非ざることを。千万唯心火を降下し、気海丹田の間に充たしむるに有るらくのみ。
現代語訳
草稿の中には何が説かれているのか。こうである。およそ生を養い長寿を保つ要は、体を練ることに及ぶものはない。体を練る要は、精神と気を丹田と気海の間に凝らせることにある。精神が凝ると気が集まる。気が集まれば真の丹ができる。丹ができれば体が固まる。体が固まれば精神が全うされる。精神が全うされれば長生きする。これは仙人の九転還丹の秘訣にかなっている。知っておかなければならない。丹とは結局、外にある物ではないということを。すべてはただ、心の火を下に降ろして、気海丹田の間に満たすことにあるだけである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『夜船閑話』本文是を真正丹竈功成る底の時節とす。豈に風に御し霞に跨がり地を縮め水を踏む等の瑣末たる幻事を以て懐とする者ならんや。大洋を攪いて酥酪とし、厚土を変じて黄金とす。前賢曰く、丹は丹田なり、液は肺液なり。肺液を以て丹田に還へす。是故に金液還丹と云ふ。
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『夜船閑話』本文蓋し五無漏の法あり。儞の六欲を去け、五官各々其職を忘るゝ則は、混然たる本源の真気彷彿として目前に充つ。是彼の大白道人の謂ゆる我が天を以て事る所の天に合する者なり。孟軻氏の謂ゆる浩然の気是をひきいて臍輪気海丹田の間に蔵めて歳月を重ねて、是を守一にし去り、是を養て無適にし去て、一朝乍ち丹竈を掀翻する則は、内外中間、八紘四維、総に是一枚の大還丹。此時に当て初て自己即ち是天地に先つて生せず、虚空に後れて死せざる底の真箇長生久視の大神仙なることを覚得せん。
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『夜船閑話』序至人の云く、此は是神仙長生不死の神術なり。中下は世寿三百歳なるべし。其余は計り定むべからず。予則ち歓喜に堪へず、精修怠らざる者大凡三年、心身次第に健康に気力次第に勇壮なることを覚ふ。此において重ねて心に竊に謂へらく、縦ひ此真修を修し得て彭祖が八百の歳時を保ち得るも、唯是一箇頑空無智の守屍鬼ならくのみ。老狸の旧窠に睡るが如し。終に壊滅に帰せん。何が故ぞ、今既に独りも葛洪鉄拐張華費張が輩を見ず。如かじ四弘の大誓を憤起し菩薩の威儀を学び、常に大法施を行じ、虚空に先つて死せず、虚空に後れて生ぜざる底の不退堅固の真法身を打殺し、金剛不壊の大仙身を成就せんにはと。
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『夜船閑話』本文昔し吳契初、石台先生に見ゆ。斎戒して錬丹の術を問ふ。先生の云く、我に元玄真丹の神秘あり、上々の器にあらざるよりんば、得て伝ふべからず。古へ黄成子是を以て黄帝に伝ふ。帝三七斎戒して是を受く。夫大道の外に真丹なく、真丹の外に大道なし。
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『夜船閑話』序若し此秘要を修せんと欲せば、且らく工夫を抛下し話頭を拈放して先須らく熟睡一覚すべし。其未だ睡りにつかず眼を合せざる以前に向て、長く両脚を展べ、强く踏みそろへ、一身の元気をして臍輪気海、丹田腰脚、足心の間に充たしめ、時々に此観を成すべし。我此の気海丹田、腰脚足心、総に是我が本来の面目、面目何の鼻孔かある。我が此の気海丹田、総に是我が本分の家郷家郷何の消息かある。我が此の気海丹田、総に是我が唯心の浄土、浄土何の荘厳かある。我が此の気海丹田、総に是我が己身の弥陀、弥陀何の法をか説くと、打返し打返し常に斯くの如く妄想すべし。
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『夜船閑話』本文人身もまた然り、至人は常に心気をして下に充たしむ。心気下に充つる則は、七凶内に動くことなく、四邪また外より窺ふこと能はず。営衛充ち、心神健なり。口終に薬餌の甘酸を知らず、身終に鍼灸の痛痒を受けず。