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夜船閑話 / 本文

時に幽恬如として予が手を捉らへて、精く五內を窺ひ九候を察す。爪甲長きこと半寸、慘乎として顙を攅めてつげて云く、已哉、觀理度に過ぎ、進修節を失して、終に此の重症を發す、實に醫治し難きものは、公の禪病なり。若し鍼灸藥の三つの物を恃んで而して後に是を救はむと欲せば、扁倉力をつくし華陀顙を攅むるも奇功を見ること能はじ、公今既に觀理の爲めに破らる、勤めて內觀の功を積まずんば、終に起つこと能はじ。是彼の起倒は必ず地に依るの謂なり。

新字:時に幽恬如として予が手を捉らへて、精く五内を窺ひ九候を察す。爪甲長きこと半寸、惨乎として顙を攅めてつげて云く、已哉、観理度に過ぎ、進修節を失して、終に此の重症を発す、実に医治し難きものは、公の禅病なり。若し鍼灸薬の三つの物を恃んで而して後に是を救はむと欲せば、扁倉力をつくし華陀顙を攅むるも奇功を見ること能はじ、公今既に観理の為めに破らる、勤めて内観の功を積まずんば、終に起つこと能はじ。是彼の起倒は必ず地に依るの謂なり。

書き下し

時に幽恬如として予が手を捉らへて、精く五内を窺ひ九候を察す。爪甲長きこと半寸、惨乎として顙を攅めてつげて云く、已哉、観理度に過ぎ、進修節を失して、終に此の重症を発す、実に医治し難きものは、公の禅病なり。若し鍼灸薬の三つの物を恃んで而して後に是を救はむと欲せば、扁倉力をつくし華陀顙を攅むるも奇功を見ること能はじ、公今既に観理の為めに破らる、勤めて内観の功を積まずんば、終に起つこと能はじ。是彼の起倒は必ず地に依るの謂なり。

現代語訳

そのとき白幽は静かに落ち着いた様子で、わたしの手を取り、詳しく五臓の具合をうかがい、脈を診た。爪は半寸ほど伸びていた。痛ましそうに眉をひそめて告げた。ああ、おまえは観法に理を求めて度を越し、修行の節度を失って、ついにこの重い病を発したのだ。まことに治しにくいのは、おまえの禅病である。もし鍼と灸と薬の三つに頼って救おうとするなら、扁鵲や倉公が力を尽くし、華陀が眉をひそめても、効き目を見ることはできないだろう。おまえはいま、観法に理を求めすぎて心身を破られている。努めて内観の功を積まなければ、ついに起き上がることはできないだろう。これが、倒れた者が起き上がるには必ず地面によらなければならない、ということの意味である。

解説

白幽は白隠の脈を診て、病の原因を観理度に過ぎ、つまり考え詰めすぎたことだと見抜く。薬では治らず、内観によるしかない。結びの起倒は必ず地に依るという言葉が鋭い。地面で転んだ者は、その地面に手をついて起き上がるしかない。心の使い方で壊れたのなら、心の使い方で立ち直るしかない、という意味である。失敗の原因となったものから目をそらさず、そこを足場にして立ち直れと教えている。

この章句が説くこと

禅病観理診断立ち直り原因内観

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