夜船閑話 / 本文
蒼髪垂て膝に到り、朱顏麗ふして、棗の如し。大布の袍を掛け、輭草の席に坐せり。窟中纔に方五六笏にして全く資生の具無し。机上只中庸と老子と金剛般若とを置く。予則ち禮を盡して苦ろに病因を告げ、且つ救を請ふ。
新字:蒼髪垂て膝に到り、朱顔麗ふして、棗の如し。大布の袍を掛け、輭草の席に坐せり。窟中纔に方五六笏にして全く資生の具無し。机上只中庸と老子と金剛般若とを置く。予則ち礼を尽して苦ろに病因を告げ、且つ救を請ふ。
書き下し
蒼髪垂て膝に到り、朱顔麗ふして、棗の如し。大布の袍を掛け、輭草の席に坐せり。窟中纔に方五六笏にして全く資生の具無し。机上只中庸と老子と金剛般若とを置く。予則ち礼を尽して苦ろに病因を告げ、且つ救を請ふ。
現代語訳
白い髪は垂れて膝まで届き、赤みのある顔は美しく、なつめのようにつややかである。粗い布の上着をまとい、柔らかい草の敷物に坐っている。岩屋の中はわずか五、六尺四方で、暮らしの道具はまったくない。机の上には『中庸』と『老子』と『金剛般若経』だけが置いてある。わたしは礼を尽くして、ねんごろに病の原因を告げ、救いを求めた。
解説
白幽の姿と暮らしぶりの描写である。狭い岩屋に生活の道具はなく、机にあるのは儒教の『中庸』、道教の『老子』、仏教の『金剛般若経』の三冊だけ。三つの教えを一つの机に並べる姿は、この書の内観の法が儒・道・仏を横断していることを象徴している。持ち物を極限まで減らし、繰り返し読む本を三冊に絞る暮らしは、情報や物にあふれた現代の生活を見直すうえでも示唆に富む。
この章句が説くこと
簡素中庸老子金剛経三教暮らし
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