夜船閑話 / 序
是故に世の好事の君子是をおもふこと荒旱の雲霓の如し。偶々雲水の徒侶竊かに傳寫し來るあるも、秘重し珍藏して、人をして見せしめず。天瓢むなしく櫃におさめて匿したるが如し。願くば是を梓に壽がふして以て其渴を慰せん。聞く、老師常に人を利するを以て老後を樂しみ玉ふと。若夫人に利あらば、師豈に是を吝しみ玉はんやと。二虎含み來て師に呈す。師微々として笑ふ。
新字:是故に世の好事の君子是をおもふこと荒旱の雲霓の如し。偶々雲水の徒侶竊かに伝写し来るあるも、秘重し珍蔵して、人をして見せしめず。天瓢むなしく櫃におさめて匿したるが如し。願くば是を梓に寿がふして以て其渴を慰せん。聞く、老師常に人を利するを以て老後を楽しみ玉ふと。若夫人に利あらば、師豈に是を吝しみ玉はんやと。二虎含み来て師に呈す。師微々として笑ふ。
書き下し
是故に世の好事の君子是をおもふこと荒旱の雲霓の如し。偶々雲水の徒侶竊かに伝写し来るあるも、秘重し珍蔵して、人をして見せしめず。天瓢むなしく櫃におさめて匿したるが如し。願くば是を梓に寿がふして以て其渴を慰せん。聞く、老師常に人を利するを以て老後を楽しみ玉ふと。若夫人に利あらば、師豈に是を吝しみ玉はんやと。二虎含み来て師に呈す。師微々として笑ふ。
現代語訳
そのため、世の物好きな君子たちがこれを思い望むことは、ひどい日照りに雨雲を待ち望むようである。たまたま修行僧たちがひそかに書き写してくることがあっても、大切に秘蔵して人に見せない。天の瓢箪をむなしく櫃に収めて隠しているようなものだ。どうか版木に刻んで世に長く伝え、その渇きをいやしていただきたい。聞くところでは、老師はつねに人を利することを老後の楽しみとしておられるとか。もし人の利益になるのなら、老師がどうしてこれを惜しまれましょうか、と。二人の弟子がこの手紙をくわえてきて師に差し出した。師はかすかに笑われた。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻五時に装問て云く、真実求法の為には、有為の父母師匠の思愛の障縁を一向にすつべき道理はまことに然かあるべし、但し父母師匠の恩愛等のかたは一向に捨離すとも、亦菩薩の行を存せん時は、自利をさしおきて利他を先とすべきか、然あるに老師重病切にして、亦他人のたすくべきもなく、幸に保護の我れ一人其の仁に当りたるを、自らの修行ばかりを思ひて、渠を扶けずんば、菩薩の行に背けるに似たるか、たゞ大士の善行をきらふべからず、縁に随ひ事に触れて仏法を存すべきか、もしこれらの道理によらば、亦止りてたすくべきか、何ぞ独り求法を思ひて老病の師を扶けざるや、いかん、
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『正法眼蔵随聞記』巻五示して云く、利他の行も自利の行も、たゞ劣なる方を捨てゝ勝なる方をとらば、大士の善行なるべし、老病を扶けんとて水菽の孝をいたすは、只今生暫時の妄愛、迷情の喜びばかりなり、迷情の有為に背きて無為の道を学せんは、設ひ遺恨は蒙ることありとも、出世の勝縁と成べし、是を思へ是を思へ、
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老子 第7章天長く地久なり。天地の以て長且つ久しう能くする者は、以て其の自ら生ぜざるを以てなり。是を以て聖人は其の身を後(のち)にして身先(せん)し、其の身を外にして身存す。非ざるか其の無私なるや。故に能く其の私を成す。
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『正法眼蔵随聞記』巻一仏菩薩は人の来て請ふときは、身肉手足をも截れり、況や人来て一通の状をこはんに、名聞計りを思ふて其の事を聞かぬは是れ我執深きなり、人々ひじりならず、非分の事を云ふ人かなと、所詮なく思ふとも、我は名聞をすてゝ一分の人の利益とならば、真実の道に相応すべきなり、古人も其の義あるかと見ゆること多し、我も其の義を思ふて、少々檀那知音の思ひかけざる事を、人に申伝べて給はれと云事をば、文一通遣りて一分の利益を作すは易きことなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻三此の心を存ぜんと思はヾまづ無常を思ふべし、一期は夢の如し、光陰は早く移る、露の命は消ね易し、時は人を待ざるならひなれば、只しばらく存じたるほど聊かのことにつけても、人の為によく仏意に順はんと思ふべきなり、
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『驢鞍橋』卷下夜話に曰く、何と勤めても、無我に成れぬ物也。何れも修して見て、合点せらるべし。爰に一つ取代物有るを以て、我は少し無我に成りたると覚ゆ。只人を能くしたい能くしたいと强く思ふ計にて、我を忘れたりと也。