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夜船閑話 / 序

是故に世の好事の君子是をおもふこと荒旱の雲霓の如し。偶々雲水の徒侶竊かに傳寫し來るあるも、秘重し珍藏して、人をして見せしめず。天瓢むなしく櫃におさめて匿したるが如し。願くば是を梓に壽がふして以て其渴を慰せん。聞く、老師常に人を利するを以て老後を樂しみ玉ふと。若夫人に利あらば、師豈に是を吝しみ玉はんやと。二虎含み來て師に呈す。師微々として笑ふ。

新字:是故に世の好事の君子是をおもふこと荒旱の雲霓の如し。偶々雲水の徒侶窃かに伝写し来るあるも、秘重し珍蔵して、人をして見せしめず。天瓢むなしく櫃におさめて匿したるが如し。願くば是を梓に寿がふして以て其渇を慰せん。聞く、老師常に人を利するを以て老後を楽しみ玉ふと。若夫人に利あらば、師豈に是を吝しみ玉はんやと。二虎含み来て師に呈す。師微々として笑ふ。

書き下し

是故に世の好事の君子是をおもふこと荒旱の雲霓の如し。偶々雲水の徒侶竊かに伝写し来るあるも、秘重し珍蔵して、人をして見せしめず。天瓢むなしく櫃におさめて匿したるが如し。願くば是を梓に寿がふして以て其渴を慰せん。聞く、老師常に人を利するを以て老後を楽しみ玉ふと。若夫人に利あらば、師豈に是を吝しみ玉はんやと。二虎含み来て師に呈す。師微々として笑ふ。

現代語訳

そのため、世の物好きな君子たちがこれを思い望むことは、ひどい日照りに雨雲を待ち望むようである。たまたま修行僧たちがひそかに書き写してくることがあっても、大切に秘蔵して人に見せない。天の瓢箪をむなしく櫃に収めて隠しているようなものだ。どうか版木に刻んで世に長く伝え、その渇きをいやしていただきたい。聞くところでは、老師はつねに人を利することを老後の楽しみとしておられるとか。もし人の利益になるのなら、老師がどうしてこれを惜しまれましょうか、と。二人の弟子がこの手紙をくわえてきて師に差し出した。師はかすかに笑われた。

解説

書き写した者が秘蔵して回さないという描写は、役に立つ知識ほど囲い込まれるという、いつの時代にもある現象を伝えている。本屋は、人を利することを楽しみとする老師なら出版を惜しまないはずだ、と白隠の信条そのものを口説きの材料にしている。二虎は師の両脇に控える高弟の比喩で、師の微笑は承諾のしるしである。価値ある知恵を独占せず公開することの意義を、出版の経緯という形で語り始める場面だ。
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