尉繚子 / 天官
天官時日、不若人事也。
書き下し
天官・時日は、人事に若かざるなり。
現代語訳
天文や暦占いによる吉凶は、人が実際に力を尽くすことには及ばない。
解説
占いや縁起は、実際に人が力を尽くしたかどうかには及ばない。試験前のお守りと、机に向かって積み重ねる勉強とは別物である。尉繚子はこの一句で、結果を運や吉凶に委ねる発想そのものを退けている。仕事でも人間関係でも、状況を動かすのは験担ぎではなく、自分が下した判断と積み重ねた準備だという当たり前の事実を、あらためて突きつけてくる言葉である。
この章句が説くこと
合理主義人事意思決定
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論語・顔淵篇樊遅、仁を問う。子曰く、「人を愛す。」知を問う。子曰く、「人を知る。」樊遅未だ達せず。子曰く、「直きを挙げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしむ。」樊遅退きて、子夏を見て曰く、「郷に吾夫子に見えて知を問う。子曰く、『直きを挙げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしむ』と。何の謂いぞや。」子夏曰く、「富めるかな言や。舜、天下を有ちて、衆に選びて皋陶を挙ぐ。不仁者遠ざかれり。湯、天下を有ちて、衆に選びて伊尹を挙ぐ。不仁者遠ざかれり。」
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尉繚子・十二陵悔いは疑わしきを任ずるに在り。
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論語・為政篇哀公問いて曰く、「何を為さば則ち民服せん。」孔子対えて曰く、「直きを挙げて諸(これ)を枉れるに錯(お)かば、則ち民服せん。枉れるを挙げて諸を直きに錯かば、則ち民服せず。」
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