論語 / 子路篇
仲弓爲季氏宰,問政。子曰:「先有司。赦小過。擧賢才。」曰:「焉知賢才而擧之?」曰:「擧爾所知。爾所不知,人其舍諸?」
新字:仲弓為季氏宰,問政。子曰:「先有司。赦小過。挙賢才。」曰:「焉知賢才而挙之?」曰:「挙爾所知。爾所不知,人其舎諸?」
書き下し
仲弓、季氏の宰と為り、政を問う。子曰く、「有司を先にす。小過を赦す。賢才を挙ぐ。」曰く、「焉んぞ賢才を知りて之を挙げん。」曰く、「爾の知る所を挙げよ。爾の知らざる所は、人其れ諸を舎てんや。」
現代語訳
仲弓が季氏の家宰となり、政治について尋ねた。先生はおっしゃった。「まず担当者に任せること。小さな過ちは赦すこと。すぐれた人材を登用すること。」仲弓が言った。「どうやってすぐれた人材を見分けて登用するのでしょうか。」先生はおっしゃった。「お前が知っている人物を登用しなさい。お前が知らない人物は、他の人が放っておくものか。」
解説
三つの原則のうち、三番目についての追加問答が実際的である。すぐれた人材をどう見分けるかという問いに、孔子は完璧な選抜方法を語らなかった。自分が知っている範囲で登用せよ、知らない人材は他の誰かが拾う、と。網羅を諦めている。しかし、この諦め方が有効なのだ。全員を公平に評価してから最適な一人を選ぼうとすれば、いつまでも決まらない。自分が実際に見て知っている人から登用すれば、判断の精度は高い。しかも、良い人材を登用したという事実が伝われば、次の人材が集まってくる。網羅的な選抜は不可能だと認めたうえで、確実な範囲から始める。人事に限らず、判断の設計として学ぶところが多い。
この章句が説くこと
人事委任小過登用現実解
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