尉繚子 / 兵談
夫心狂、耳聾、目盲,以三悖率人者,難矣。兵之所及,羊腸亦勝,鋸齒亦勝,緣山亦勝,入谷亦勝,方亦勝,圎亦勝。重者如山、如林、如江、如河,輕者如炮、如燔、如垣壓之,如雲覆之,令人聚不得以散,散不得以聚,左不得以右,右不得以左。兵如總木,弩如羊角,人人無不騰陵張膽,絶乎疑慮,堂堂決而去。
新字:夫心狂、耳聾、目盲,以三悖率人者,難矣。兵之所及,羊腸亦勝,鋸歯亦勝,縁山亦勝,入谷亦勝,方亦勝,圎亦勝。重者如山、如林、如江、如河,軽者如炮、如燔、如垣圧之,如雲覆之,令人聚不得以散,散不得以聚,左不得以右,右不得以左。兵如総木,弩如羊角,人人無不騰陵張胆,絶乎疑慮,堂堂決而去。
書き下し
夫れ心狂ひ、耳聾し、目盲ひ、三悖を以て人を率ゐる者は、難し。兵の及ぶ所、羊腸も亦勝ち、鋸歯も亦勝ち、山に縁(よ)るも亦勝ち、谷に入るも亦勝ち、方なるも亦勝ち、円なるも亦勝つ。重き者は山の如く、林の如く、江の如く、河の如く、軽き者は炮(あぶ)るが如く、燔(や)くが如く、垣の之を圧するが如く、雲の之を覆ふが如し。人をして聚まりて以て散ずるを得ず、散じて以て聚まるを得ず、左は以て右するを得ず、右は以て左するを得ざらしむ。兵は総木の如く、弩は羊角の如く、人人騰陵張胆せざるは無く、疑慮を絶ちて、堂堂として決して去る。
現代語訳
そもそも心が狂い、耳が聞こえず、目が見えない、この三つの誤りを抱えて人を率いるのは難しい。(正しく率いられた)兵の向かうところは、羊の腸のような曲がりくねった道でも勝ち、鋸の歯のように険しい地でも勝ち、山沿いでも勝ち、谷に入っても勝ち、方陣でも勝ち、円陣でも勝つ。重い部隊は山のように、林のように、長江のように、黄河のようにどっしりと構え、軽い部隊は火であぶるように、焼き払うように、垣根が崩れて押しつぶすように、雲が覆いかぶさるように迫る。敵を、集まれば散ることができず、散れば集まることができず、左の者は右へ、右の者は左へ動けないようにさせる。兵器は木を束ねたように林立し、弩は羊の角のように反り返り、一人一人が奮い立って胆を張らない者はなく、疑いや迷いを断ち切って、堂々と決然として進んでいく。
解説
関連する章句
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尉繚子・攻權力分かるる者は弱く、心疑ふ者は背く。夫れ力弱し、故に進退豪ならず、敵を縦(はな)ちて擒(とら)へず。将吏士卒、動静一身なり。心既に疑ひ背けば、則ち計決するも動かず、動くこと決するも禁ぜず、異口虚言し、将に修容無く、卒に常試無く、発して攻むれば必ず衄(くじ)く、是を疾陵の兵と謂ふ、与に闘ふに足る無し。将帥なる者は、心なり。群下なる者は、支節なり。其の心動くに誠を以てすれば、則ち支節必ず力(つと)む。其の心動くに疑ひを以てすれば、則ち支節必ず背く。夫れ将心もて制せず、卒節もて動かざれば、勝つと雖も、幸勝なり、攻権に非ざるなり。夫れ民に両畏無きなり、我を畏るれば敵を侮り、敵を畏るれば我を侮る。侮らるる者は敗れ、威を立つる者は勝つ。凡そ将其の道を能くする者は、吏其の将を畏るるなり。吏其の将を畏るる者は、民其の吏を畏るるなり。民其の吏を畏るる者は、敵其の民を畏るるなり。是の故に、勝敗の道を知る者は、必ず先づ畏侮の権を知る。夫れ其の心を愛説せざる者は、我が用を為さざるなり。其の心を威厳せざる者は、我が挙を為さざるなり。愛は下に在りて順ひ、威は上に在りて立つ。愛する故に二せず、威ある故に犯さず。故に
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尉繚子・兵令上陳は密なるを以て則ち固く、鋒は疏なるを以て則ち達す。卒将を畏るること敵より甚だしき者は、勝つ。卒敵を畏るること将より甚だしき者は、敗る。勝敗を知る所以の者は、将を敵に称ればなり、敵と将とは猶ほ権衡のごとし。安静なれば則ち治まり、暴疾なれば則ち乱る。卒を出だし兵を陳ぬるに常令有り、行伍の疏数に常法有り、先後の次に適宜有り。常令とは、北ぐるを追ひ邑を襲ふに攸(ところ)用ふるに非ざるなり。前後次でざれば則ち失ふなり。先後を乱せば、之を斬る。常陳は皆敵に向かひ、内向有り、外向有り、立陳有り、坐陳有り。夫れ内向は中を顧みる所以なり、外向は外に備ふる所以なり。立陳は行く所以なり、坐陳は止まる所以なり。立坐の陳、相参はりて進止し、将其の中に在り。坐の兵は剣斧、立の兵は戟弩、将も亦中に居る。善く敵を御ぐ者は、正兵先づ合して、而る後に之を扼す、此れ必勝の術なり。之に斧鉞を陳ね、之を旗章に飾り、功有れば必ず賞し、令を犯せば必ず死す、存亡死生は、枹の端に在り、天下に善く兵する者有りと雖も、能く此を禦ぐ莫し。矢射未だ交はらず、長刃未だ接せざるに、前に譟ぐ者は之を虚と謂ひ、後に譟ぐ者は之を実と謂ひ、譟がざる者は之を秘と謂ふ。虚実秘は、兵の体なり。
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尉繚子・兵教下今戦国相攻め、大いに有徳を伐つ。伍よりして両、両よりして師、其の令を一にせず、率ね民心をして定まらざらしめ、徒らに驕侈を尚び、謀患辨訟し、吏其の事を究め、累ねて且に敗れんとす。日暮れ路遠く、還るに剉気有り、師老い将貪り、争掠して敗れ易し。凡そ将軽く、塁卑く、衆動けば、攻むべきなり。将重く、塁高く、衆懼るれば、囲むべきなり。凡そ囲むには必ず其の小利を開き、漸く夷弱ならしむれば、則ち節吝して食はざる者有り。衆夜撃つ者は、驚くなり。衆事を避くる者は、離るるなり。人の救を待ち、戦を期して蹙まるは、皆心失はれて気傷るるなり。気を傷れば軍を敗り、曲謀は国を敗る。
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尉繚子・兵令下将能く威を立て、卒能く節制し、号令明信にして、攻守皆得るは、是れ兵の三勝なり。臣聞く、古の善く兵を用ふる者は、能く士卒の半ばを殺し、其の次は其の十の三を殺し、其の次は其の十の一を殺す。能く其の半ばを殺す者は、威海内に加はる。十の三を殺す者は、力諸侯に加はる。十の一を殺す者は、令士卒に行はる。故に曰く、
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尉繚子・制談金鼓の指す所、則ち百人尽く闘ふ。行を陥れ陳を乱せば、則ち千人尽く闘ふ。軍を覆し将を殺せば、則ち万人刃を斉しくす。天下能く其の戦ひに当たる莫し。古は、士に什伍有り、車に偏列有り、鼓鳴り旗麾(さしまね)けば、先づ登る者は未だ嘗て多力の国士に非ずんばあらざるなり、先づ死する者も亦未だ嘗て多力の国士に非ずんばあらざるなり。敵一人を損じて、我百人を損ず、此れ敵に資して我を傷つくること甚だしきも、世の将は禁ずる能はず。征役に軍を分かちて逃げ帰り、或いは戦ひに臨みて自ら北(に)ぐれば、則ち逃傷甚だしきも、世の将は禁ずる能はず。人を百歩の外に殺す者は弓矢なり、人を五十歩の内に殺す者は矛戟なり。将已に鼓すれども士卒相囂(かまびす)しく、矢を拗(くじ)き矛を折り戟を抱き、後れて発するを利とし、戦ひに此の数者有れば、内より自ら敗るるなり、世の将は禁ずる能はず。士は什伍を失ひ、車は偏列を失ひ、奇兵は将を捐てて走り、大衆も亦走るも、世の将は禁ずる能はず。夫れ将能く此の四者を禁ずれば、則ち高山も之を陵ぎ、深水も之を絶(わた)り、堅陳も之を犯す。此の四者を禁ずる能はざれば、猶ほ舟楫を亡くして江河を絶らんとするがごとく、得べからざるなり。民は死を楽しみて生を悪むに非ざるなり、号令明らかに、法制審らかなり、故に能く之をして前(すす)ましむ。賞を前に明らかにし、罰を後に決す、是を以て発すれば能く利に中り、動けば則ち功有り。百人に一卒、千人に一司馬、万人に一将を令し、少を以て衆を誅し、弱を以て強を誅す。試みに臣の言を聴かば、其の術は三軍の衆をして、一人を誅するも刑を失ふ無く、父も敢へて子を舎(す)てず、子も敢へて父を舎てざらしむるに足る、況んや国人をや。一夫剣を仗(と)りて市に撃てば、万人之を避けざる者無し。臣謂へらく、一人の独り勇なるに非ず、万人皆肖(に)ざるなりと。何となれば、必ず死するものと必ず生きんとするものとは、固より侔(ひと)しからざればなり。臣の術を聴かば、三軍の衆をして一死賊と為し、敢へて其の前に当たる莫く、敢へて其の後に随ふ莫くして、能く独り出で独り入らしむるに足る。
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尉繚子・攻權険を分かつ者は戦心無く、戦ひを挑む者は全気無く、闘戦する者は勝兵無し。凡そ義を挟みて戦ふ者は、我より起こすを貴ぶ。私を争ひ怨みを結ぶは、已むを得ざるに応ず。怨み結びて起こると雖も、之を待つには後るるを貴ぶ。故に争ひは必ず当に之を待つべく、息(や)むも必ず当に之に備ふべし。兵に朝廷に勝つ有り、原野に勝つ有り、市井に勝つ有り。闘へば則ち得、服すれば則ち失ふ、幸ひにして以て敗れざるは、此れ彼の驚懼するを意(おも)はずして曲げて之に勝つなり。曲勝とは、全きに非ざるを言ふなり。全勝に非ざる者は、権名無し。故に明主の戦攻の日は、鼓を合はせ角を合はせ、節するに兵刃を以てし、勝つを求めずして勝つなり。兵に備へを去り威を徹して勝つ者有り、其の法有るを以ての故なり。器用の蚤(はや)く定まる有るや、其の敵に応ずるや周く、其の総率するや極まる。故に五人にして伍、十人にして什、百人にして卒、千人にして率、万人にして将、已に周く已に極まる。其の朝に死すれば則ち朝に代はり、暮に死すれば則ち暮に代はる。敵を権り将を審らかにして、而る後に兵を挙ぐ。故に凡そ兵を集むるに、千里の者は旬日、百里の者は一日にして、必ず敵境に集まる。卒聚まり将至れば、深く其の地に入り、其の道を錯絶し、其の大城大邑に棲み、之をして城に登り危に逼(せま)らしめ、男女数重、各々地形に逼りて、要塞を攻む。一城邑に拠りて、数道絶ゆれば、従ひて之を攻む。敵の将帥信ずる能はず、吏卒和する能はず、刑に従はざる所有る者は、則ち我之を敗る。敵の救ひ未だ至らずして、一城已に降る。津梁未だ発せず、要塞未だ修めず、城険未だ設けず、渠答(きょたふ)未だ張らざれば、則ち城有りと雖も守り無し。遠堡未だ入らず、戍客未だ帰らざれば、則ち人有りと雖も人無し。六畜未だ聚めず、五穀未だ収めず、財用斂むる無ければ、則ち資有りと雖も資無し。夫れ城邑空虚にして資尽くる者は、我其の虚に因りて之を攻む。法に曰く、「独り出で独り入り、敵人刃を接せずして之を致す」と。此の謂ひなり。
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