うひ山ぶみ / 第四十九段
すべてみづから哥をもよみ、物がたりぶみなどをも常に見て、いにしへ人の、風雅のおもむきをしるは、哥まなびのためは、いふに及ばず、古の道を明らめしる學問にも、いみしくたすけとなるわざなりかし、
新字:すべてみづから歌をもよみ、物がたりぶみなどをも常に見て、いにしへ人の、風雅のおもむきをしるは、歌まなびのためは、いふに及ばず、古の道を明らめしる学問にも、いみしくたすけとなるわざなりかし、
書き下し
すべてみづから歌をもよみ、物がたりぶみなどをも常に見て、いにしへ人の、風雅のおもむきをしるは、歌まなびのためは、いふに及ばず、古の道を明らめしる学問にも、いみしくたすけとなるわざなりかし、
現代語訳
総じて自分でも歌を詠み、物語の書などもつねに見て、古の人の風雅の趣を知ることは、歌の学びのためであるのは言うまでもなく、古の道を明らかに知る学問にも、大いに助けとなるわざである。
解説
本文の結びにあたる一段である。歌を詠み物語を読んで古人の風雅を知ることは、歌の学びのためだけでなく、道を知る学問の助けにもなる、と締めくくる。奥の注では、これをさらに強い言葉で言い換える。人は雅の趣を知らずにいてはならない、これを知らない者は物のあはれを知らず、心なき人である、と。そして道を学ぶ者が理屈ばかりにかかずらって歌集を開こうともせず、古人の雅情を夢にも知らないでいるなら、その主とする古の道も知ることができない、と批判する。感受性の訓練を、学問の付随物ではなく必須の条件として置いている。
この章句が説くこと
風雅物のあはれ感受性古の道学問
関連する章句
-
人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
-
言志四録・南洲手抄学之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。学必ず之を躬に学び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
-
歎異抄・第十二条経釈を読み学せざる輩、往生不定の由のこと。この条、すこぶる不足言の義と言いつべし。 他力真実の旨を明かせる諸の聖教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほか何の学問かは往生の要なるべきや。 まことにこの理に迷えらん人は、いかにもいかにも学問して、本願の旨を知るべきなり。 経釈を読み学すといえども、聖教の本意を心得ざる条、もっとも不便のことなり。
-
言志四録・南洲手抄朝にして食はずば、昼にして饑う。少うして学ばずば、壮にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
-
論語 為政篇子曰、攻乎異端、斯害也已。
-
説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。