うひ山ぶみ / 第四十八段
又伊勢源氏その外も、物語書どもをも、つねに見るべし、
書き下し
又伊勢源氏その外も、物語書どもをも、つねに見るべし、
現代語訳
また『伊勢物語』『源氏物語』そのほか、物語の書もつねに見るべきである。
解説
歌に加えて物語も読めという指示である。奥の注は極めて短く、「此事の子細は、源氏物語の玉の小櫛に、くはしくいへれば、こゝにはもらしつ」——詳細は『源氏物語玉の小櫛』に述べたのでここでは省く、とだけ記す。その『玉の小櫛』こそ、宣長が「もののあはれ」論を展開した書である。『源氏物語』を勧善懲悪や仏教的な教訓の書として読む従来の解釈を退け、人の心の動きそのものを描いた書として読み直した仕事で、日本の文学批評史の画期とされる。この一行の背後に、宣長のもう一つの大きな仕事が控えている。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
源氏物語伊勢物語もののあはれ玉の小櫛物語
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うひ山ぶみ・注[オ]後世風の中にもさまざまよきあしきふり歌学いかでか歌よむ妨ゲとはならん、妨ゲとなりて、よき歌をえよまぬは、そのわきまへのあしきが故也、然れども歌学の方は、大概にても有べし、歌よむかたをこそ、むねとはせまほしけれ、歌学のかたに深くかゝづらひては、仏書からぶみなどにも、広くわたらでは、事たらはぬわざなれば、其中に無益の書に、功をつひやすこともおほきぞかし、物語ぶみどもをもつねに見るべし、此事の子細は、源氏物語の玉の小櫛に、くはしくいへれば、こゝにはもらしつ、いにしへ人の風雅のおもむきをしるは云々、すべて人は、雅の趣をしらでは有ルべからず、これをしらざるは、物のあはれをしらず、心なき人なり、かくてそのみやびの趣をしることは、歌をよみ、物語書などをよく見るにあり、然して古ヘ人のみやびたる情をしり、すべて古ヘの雅たる世の有リさまを、よくしるは、これ古の道をしるべき階梯也、然るに世間の物学びする人々のやうを見渡すに、主と道を学ぶ輩は、上にいへるごとくにて、おほくはたゞ漢流の議論理窟にのみかゝづらひて、
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『玉勝間』四の巻 御と云ふ詞のつかひざまの一つ源氏物語に、仏の御かりょうびんがの声、御ひとつ腹、御まえわたり、宮の御侍従の乳母、仏の御同じ帳台、宮の御二条の北の方、など有るこれらの御ちょう詞、今の世の心にて思えば、仏のかりょうびんがの御こえ、ひとつ御はら、宮の侍従の御乳母、仏の同じ御帳台、宮の二条の御北の方、と云うべきに、置きどころかわりて聞こゆ、心得おくべし。御まえわたりも、御は、わたりへかかりて、前へはかからず。
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『玉勝間』五の巻 またいせ物がたりは、物語のあるが中にも、おもしろく、詞すぐれたる物語にて、世にあまねくもて遊ぶ物語なるを、あやしう心得ぬふしどもも、所々まじれるは、後の人の、写しひがめたるなめり。さるを、やがてたすけて説かむとせば、なかなかにしい言にぞなりぬべき。又これはすべて例の作り物語にし有れば、在五中将にまれ、こと人にまれ、その人の上の事のたがいめなどは、咎むべきにも有らず。ただおかしく作りなしたる、ことのあやをこそ、とりめでて、歌まなびのたすけにも、文かくほんにもすべき業なれ。歌も稀には、得も云わず悪ろきも交じれり、さる心して見るべし。注釈どもは、あまた有る中に、云うべきは、契沖が臆断、師の古意ぞ有るを、たがいになん善き悪しき所は有りける。又共にいかにぞや覚ゆるふしも少なからず。おのれはた思い得たるふしども有りて、早くより、つぶさにしるさまほしく思いわたるを、めかり塩焼かねども、伊勢おのあまのいとま無くて、得しもはたさぬが、口惜しさに、せめてただこれかれと撰り出でて、いささか上の件には物しつるぞかし。
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つむかし男久しう云云、真名本に、云えりければの下に、女とあり。むかし女の、あだなる男の云云、女のの、の文字、ひが事なり。すべてのちょう辞は、心得有りて、おくべき所と、必ず置くまじき所との有る事なるを、これはさるわきまえをも知らぬ、後の人の、何心も無く加えたるなるべし。真名本に、女のと云う事無し。それも女と云う言足らず。むかし男、女のまだ世へずと云云、このくだり詞ととのわず。物聞えたるを、後に聞きて、などこそ有るべけれ。
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