後世への最大遺物 / 第二回・紫式部の源氏の間
それを他から見るとたいそう風流に見える。また日本人が文学者という者の生涯はどういう生涯であるだろうと思うているかというに、それは絵艸紙屋へ行ってみるとわかる。どういう絵があるかというと、赤く塗ってある御堂のなかに美しい女が机の前に坐っておって、向こうから月の上ってくるのを筆を翳して眺めている。これは何であるかというと紫式部の源氏の間である。これが日本流の文学者である。しかし文学というものはコンナものであるならば、文学は後世への遺物でなくしてかえって後世への害物である。なるほど『源氏物語』という本は美しい言葉を日本に伝えたものであるかも知れませぬ。しかし『源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたか。
書き下し
それを他から見るとたいそう風流に見える。また日本人が文学者という者の生涯はどういう生涯であるだろうと思うているかというに、それは絵草紙屋へ行ってみるとわかる。どういう絵があるかというと、赤く塗ってある御堂のなかに美しい女が机の前に坐っておって、向こうから月の上ってくるのを筆を翳して眺めている。これは何であるかというと紫式部の源氏の間である。これが日本流の文学者である。しかし文学というものがこんなものであるならば、文学は後世への遺物でなくして、かえって後世への害物である。なるほど『源氏物語』という本は美しい言葉を日本に伝えたものであるかも知れませぬ。しかし『源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたか。
現代語訳
それを外から見ると大変風流に見えます。また日本人が、文学者の生涯とはどういうものだと思っているかは、絵草紙屋へ行ってみると分かります。どんな絵があるかというと、赤く塗った御堂の中に美しい女が机の前に座り、向こうから月が上ってくるのを筆をかざして眺めている。これは何かというと紫式部の源氏の間です。これが日本流の文学者です。しかし文学がこんなものであるなら、文学は後世への遺物ではなく、かえって後世への害物です。なるほど『源氏物語』という本は美しい言葉を日本に伝えたかもしれません。しかし『源氏物語』が日本の士気を奮い立たせるために何をしたでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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