うひ山ぶみ / 第四十三段
さて上にいへるごとく、二典の次には、萬葉集をよく學ぶべし、みづからも古風の哥をまなびてよむべし、
新字:さて上にいへるごとく、二典の次には、万葉集をよく学ぶべし、みづからも古風の歌をまなびてよむべし、
書き下し
さて上にいへるごとく、二典の次には、万葉集をよく学ぶべし、みづからも古風の歌をまなびてよむべし、
現代語訳
さて先に述べたとおり、二典の次には『万葉集』をよく学ぶべきである。自分でも古風の歌を学んで詠むべきである。
解説
予告しておいた『万葉集』の話に戻る。読むだけでなく自分でも古風の歌を詠め、という点が要である。奥の注では、その理由をこう説明する。万事、他人の上のこととして考えるのと、自分のこととして考えるのとでは深さが違う。古歌をどれほど深く考えても他人事である限り届かないところがあるが、自分で詠むようになれば、我が事であるから心の用い方が格別で、深い意味を知ることができる、と。理解のために実作せよ、という主張である。分析する対象を自分でも作ってみる。この方法は、文章でも音楽でも設計でも変わらず有効である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
万葉集実作当事者理解の深さ古風
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