うひ山ぶみ / 第三段
又の哥の學び有リ、それにも、哥をのみよむと、ふるき哥集物語書などを解キ明らむるとの二タやうあり、
新字:又の歌の学び有リ、それにも、歌をのみよむと、ふるき歌集物語書などを解キ明らむるとの二タやうあり、
書き下し
又の歌の学び有リ、それにも、歌をのみよむと、ふるき歌集物語書などを解キ明らむるとの二タやうあり、
現代語訳
また、歌の学びがある。それにも、歌をただ詠むことと、古い歌集や物語の書などを読み解いて明らかにすることの、二通りがある。
解説
歌の学びを二つに分ける。自分で詠むことと、古い歌集や物語を読み解くことである。宣長は後の段で、この二つは別物であり、歌学に詳しい人はかえって歌を詠むのが下手なことが多いとまで述べている。それでも両方を勧めるのは、詠むことでしか届かない深さがあると考えたからである。奥の注では、他人のこととして考えるのと自分のこととして考えるのとでは深さが違う、と説明している。読む側に回るのと作る側に回るのとでは、対象への理解の質が変わるということだ。研究と実作、批評と制作の関係は今も同じで、どちらか一方だけでは見えない領域がある。
この章句が説くこと
歌歌学実作読解和歌学びの二面
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