うひ山ぶみ / 第四十二段
物の注釋をするは、すべて大に學問のためになること也、
新字:物の注釈をするは、すべて大に学問のためになること也、
書き下し
物の注釈をするは、すべて大に学問のためになること也、
現代語訳
物の注釈をすることは、総じて大いに学問のためになることである。
解説
前段の結論を一文で言い切る。注釈という作業そのものが学問を進める、という確信である。奥の注はこれを注釈に限らないと広げる。「是は物の注釋のみにもかぎらず、何事にもせよ、着述をこゝろがくべき也」——注釈に限らず何事であれ、著述を心がけるべきだ、と。宣長にとって書くことは、成果の発表ではなく学びの手段だった。『古事記伝』四十四巻という膨大な注釈は、宣長自身がこの原則を三十五年間実行し続けた記録でもある。人に読ませるためではなく、自分が分かるために書く。この順序が逆転すると、書くことは負担にしかならない。
この章句が説くこと
著述注釈書くこと理解学問の方法
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