うひ山ぶみ / 第四十二段
物の注釋をするは、すべて大に學問のためになること也、
新字:物の注釈をするは、すべて大に学問のためになること也、
書き下し
物の注釈をするは、すべて大に学問のためになること也、
現代語訳
物の注釈をすることは、総じて大いに学問のためになることである。
解説
前段の結論を一文で言い切る。注釈という作業そのものが学問を進める、という確信である。奥の注はこれを注釈に限らないと広げる。「是は物の注釋のみにもかぎらず、何事にもせよ、着述をこゝろがくべき也」——注釈に限らず何事であれ、著述を心がけるべきだ、と。宣長にとって書くことは、成果の発表ではなく学びの手段だった。『古事記伝』四十四巻という膨大な注釈は、宣長自身がこの原則を三十五年間実行し続けた記録でもある。人に読ませるためではなく、自分が分かるために書く。この順序が逆転すると、書くことは負担にしかならない。
この章句が説くこと
著述注釈書くこと理解学問の方法
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説苑・善說客梁王に謂いて曰く、「惠子の事を言うや譬を善くす。王をして譬うる無からしめば、則ち言うこと能わじ。」王曰く、「諾。」明日見えて惠子に謂いて曰く、「願わくは先生の事を言うは則ち直言せよ、譬うる無かれ。」惠子曰く、「今此こに人有りて彈を知らざるに、『彈の狀は何の若きか』と曰わば、應えて『彈の狀は彈の如し』と曰わば、諭らんか。」王曰く、「未だ諭らざるなり。」「是に於て更に應えて『彈の狀は弓の如くにして竹を以て弦と爲す』と曰わば、則ち知らんか。」王曰く、「知るべし。」惠子曰く、「夫れ說く者は固より其の知る所を以て、其の知らざる所を諭し、人をして之を知らしむ。今王『譬うる無かれ』と曰わば、則ち不可なり。」王曰く、「善し。」