うひ山ぶみ / 第三十六段
さて件の書どもを、數遍よむ間ダには、其外のよむべき書どものことも、學びやうの法なども、段々に自分の料簡の出來るものなれば、其末の事は、一々さとし敎るに及ばず、
新字:さて件の書どもを、数遍よむ間ダには、其外のよむべき書どものことも、学びやうの法なども、段々に自分の料簡の出来るものなれば、其末の事は、一々さとし教るに及ばず、
書き下し
さて件の書どもを、数遍よむ間ダには、其外のよむべき書どものことも、学びやうの法なども、段々に自分の料簡の出来るものなれば、其末の事は、一々さとし教るに及ばず、
現代語訳
さてこれらの書物を数遍読むうちには、そのほかに読むべき書物のことも、学び方の作法なども、次第に自分の判断ができてくるものだから、その先のことは、一々教え諭すには及ばない。
解説
指導をどこで打ち切るかを述べる。何度か読むうちに、次に読むべき本も学び方も自分で判断できるようになる。だからその先は教える必要がない、と。教える側の役割を、自分で判断できるようになるまでの補助と定めている。奥の注には、この思いをふと歌にしたとして一首が添えられている。「とる手火も今はなにせむ夜は明てほがらほがらと道見えゆくを」——手に持った灯火も今は何になろう、夜が明けて道がはっきり見えていくのだから。教える者は夜道の灯火であって、夜が明ければ役目を終える。指導者の自己規定として印象深い一首である。
この章句が説くこと
自立指導の終わり判断力師弟灯火