うひ山ぶみ / 第十一段
又いづれのしなにもせよ、學びやうの次第も、一トわたりの理によりて、云々してよろしと、さして敎へんは、やすきことなれども、そのさして敎へたるごとくにして、果してよきものならんや、又思ひの外にさてはあしき物ならんや、實にはしりがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、實はたゞ其人の心まかせにしてよき也、
新字:又いづれのしなにもせよ、学びやうの次第も、一トわたりの理によりて、云々してよろしと、さして教へんは、やすきことなれども、そのさして教へたるごとくにして、果してよきものならんや、又思ひの外にさてはあしき物ならんや、実にはしりがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、実はたゞ其人の心まかせにしてよき也、
書き下し
又いづれのしなにもせよ、学びやうの次第も、一トわたりの理によりて、云々してよろしと、さして教へんは、やすきことなれども、そのさして教へたるごとくにして、果してよきものならんや、又思ひの外にさてはあしき物ならんや、実にはしりがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、実はたゞ其人の心まかせにしてよき也、
現代語訳
またどの分野にせよ、学び方の順序も、一通りの理屈によって「こうこうするのがよい」と指し示して教えるのは簡単なことだが、その指し示したとおりにして果たしてよいものだろうか、また思いのほか悪いものではないだろうか、実際には分かりがたいことなので、これも無理に定めがたいわざであって、実のところはただその人の心に任せるのがよいのである。
解説
学び方を指示するのは簡単だ、と宣長は言う。難しいのは、その指示が本当に効くのかを知ることである。理屈のうえで筋の通った手順を示すことと、それが実際に役立つかどうかは別問題だ、と。方法論を説く書の中で方法論の限界をここまで正面から述べるのは珍しい。この認識があるからこそ、次の段の「詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦ずおこたらずして」という有名な結論が出てくる。方法の正しさが検証できない以上、確かなのは続けたかどうかだけだ、という理屈である。学習法の情報があふれる現代でこそ、この慎重さは読み直す価値がある。
この章句が説くこと
方法論学びの順序検証懐疑学習法
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『墨子』節葬下是の故に子墨子曰く、郷に吾が本と言えらく、意うに亦た其の言をして、其の謀を用いて、厚葬久喪を計るに、誠に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からんか。則ち仁なり、義なり、孝子の事なり。人の為に謀る者は、勸めざる可からざるなり。意うに亦た其の言に法り、其の謀を用いて、人の若きの厚葬久喪、實に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からざらんか。則ち仁に非ざるなり、義に非ざるなり、孝子の事に非ざるなり。人の為に謀る者は、沮まざる可からざるなり。是の故に以て國家を富まさんことを求むるも、甚だ貧を得たり。以て人民を衆くせんと欲するも、甚だ寡を得たり。以て刑政を治めんと欲するも、甚だ亂を得たり。以て大國の小國を攻むるを禁止せんことを求むるも、既已に不可なり。以て上帝鬼神の福を千めんと欲するも、又た禍を得たり。上、之を堯舜禹湯文武の道に稽うるに、政、之に逆らう。下、之を桀紂幽厲の事に稽うるに、猶お節を合わするがごとし。若し此を以て觀れば、則ち厚葬久喪は、其れ聖王の道に非ざるなり。
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論語・衛霊公篇子曰く、吾の人に於けるや、誰をか毀り誰をか誉めん。如し誉むる所有らば、其れ試みる所有らん。斯の民や、三代の直道にして行いし所以なり。
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説苑・君道湯曰く、「薬食は先ず卑に嘗めしめ、然る後に貴に至る。薬言は先ず貴に献じ、然る後に卑に聞こゆ」と。故に薬卑に嘗めしめ、然る後に貴に至るは、教えなり。薬言貴に献じ、然る後に卑に聞こゆるは、道なり。故に人をして食を味わしめて然る後に食する者は、其の味を得ること多し。人をして言を味わしめて然る後に言を聞く者は、其の言を得ること少なし。是を以て明王の言は、必ず自ら他に之を聴かしめ、必ず自ら他に之を聞かしめ、必ず自ら他に之を択ばしめ、必ず自ら他に之を取らしめ、必ず自ら他に之を聚めしめ、必ず自ら他に之を蔵せしめ、必ず自ら他に之を行わしむ。故に道は数ば之を取るを以て明と為し、数ば之を行うを以て章と為し、数ば之を万物に施すを以て蔵と為す。是の故に道を求むる者は目を以てせずして心を以てし、道を取る者は手を以てせずして耳を以てす。
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