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うひ山ぶみ / 第十一段

又いづれのしなにもせよ、學びやうの次第も、一トわたりの理によりて、云々してよろしと、さして敎へんは、やすきことなれども、そのさして敎へたるごとくにして、果してよきものならんや、又思ひの外にさてはあしき物ならんや、實にはしりがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、實はたゞ其人の心まかせにしてよき也、

新字:又いづれのしなにもせよ、学びやうの次第も、一トわたりの理によりて、云々してよろしと、さして教へんは、やすきことなれども、そのさして教へたるごとくにして、果してよきものならんや、又思ひの外にさてはあしき物ならんや、実にはしりがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、実はたゞ其人の心まかせにしてよき也、

書き下し

又いづれのしなにもせよ、学びやうの次第も、一トわたりの理によりて、云々してよろしと、さして教へんは、やすきことなれども、そのさして教へたるごとくにして、果してよきものならんや、又思ひの外にさてはあしき物ならんや、実にはしりがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、実はたゞ其人の心まかせにしてよき也、

現代語訳

またどの分野にせよ、学び方の順序も、一通りの理屈によって「こうこうするのがよい」と指し示して教えるのは簡単なことだが、その指し示したとおりにして果たしてよいものだろうか、また思いのほか悪いものではないだろうか、実際には分かりがたいことなので、これも無理に定めがたいわざであって、実のところはただその人の心に任せるのがよいのである。

解説

学び方を指示するのは簡単だ、と宣長は言う。難しいのは、その指示が本当に効くのかを知ることである。理屈のうえで筋の通った手順を示すことと、それが実際に役立つかどうかは別問題だ、と。方法論を説く書の中で方法論の限界をここまで正面から述べるのは珍しい。この認識があるからこそ、次の段の「詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦ずおこたらずして」という有名な結論が出てくる。方法の正しさが検証できない以上、確かなのは続けたかどうかだけだ、という理屈である。学習法の情報があふれる現代でこそ、この慎重さは読み直す価値がある。

この章句が説くこと

方法論学びの順序検証懐疑学習法

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