うひ山ぶみ / 第十八段
そはまつかのしなじなある學びのすぢすぢ、いづれもいづれも、やむことなきすぢどもにて、明らめしらではかなはざることなれば、いづれをものこさず、學ばまほしきわざなれども、
新字:そはまつかのしなじなある学びのすぢすぢ、いづれもいづれも、やむことなきすぢどもにて、明らめしらではかなはざることなれば、いづれをものこさず、学ばまほしきわざなれども、
書き下し
そはまつかのしなじなある学びのすぢすぢ、いづれもいづれも、やむことなきすぢどもにて、明らめしらではかなはざることなれば、いづれをものこさず、学ばまほしきわざなれども、
現代語訳
それはまず、あの多様な学びの筋のどれもこれも、なくてはならない筋であって、明らかに知らなければならないことだから、どれも残さず学びたいものではあるけれども、
解説
具体的な指示に入る最初の一歩は、理想の確認である。挙げてきた分野はどれも欠かせず、本来はすべて学びたい、と。奥の注では、律令・官職儀式・装束調度といった分野それぞれについて、どの書から入りどこに注意すべきかを具体的に述べており、宣長がこれらを軽んじていないことが分かる。しかしこの段は「けれども」で終わる。次の段で、一人の生涯では全部は極められないという現実が来る。理想を先に置き、そのうえで限界を認めるという順序が、この後の「一つに絞れ」という主張を単なる妥協ではないものにしている。
この章句が説くこと
学問の全体理想限界優先順位絞り込み
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