うひ山ぶみ / 第十段
又面々好むかたと、好まぬ方とも有リ、又生れつきて得たる事と、得ぬ事とも有ル物なるを、好まぬ事得ぬ事をしては、同じやうにつとめても、功を得ることすくなし、
書き下し
又面々好むかたと、好まぬ方とも有リ、又生れつきて得たる事と、得ぬ事とも有ル物なるを、好まぬ事得ぬ事をしては、同じやうにつとめても、功を得ることすくなし、
現代語訳
また人それぞれ好む方面と好まない方面があり、また生まれつき得意なことと不得意なことがあるものだから、好まないこと不得意なことをしていては、同じように努めても成果は少ない。
解説
好き嫌いと得手不得手を、努力ではどうにもならない前提として認める。同じだけ努めても向いていないことでは成果が上がらない、と身も蓋もなく言い切る。宣長は後の段で、才能の差は生まれつきだから力の及ぶところではないとも述べており、この現実認識は一貫している。ただしここから「だから諦めよ」へは行かない。向かないことを避けよという配分の話であって、努力の否定ではない。むしろ限られた力をどこに置くかを見極めよという主張である。得意でないことに時間を注ぎ続けていないかという問いは、学びにも仕事にも効く。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
適性得手不得手努力配分才能
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