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うひ山ぶみ / 注[ノ]又後世風をもすてずして

數おほくよまずはあるべからず、多くよむには、題なくはあるべからず、これらもおのづから然るべきいきほひ也、そもそも後世風、わろき事もあるは、勿論のこと也、然れどもわろき事をのみえり出て、わろくいはんには、古風の方にも、わろきことは有べし、一トむきに後世をのみ、いひおとすべきにあらず、後世風の哥の中にも、又いひしらずめでたくおもしろく、さらに古風にては、よみえがたき趣どもの有ルこと也、すべてもろもろの事の中には、古ヘよりも、後世のまされる事も、なきにあらざれば、ひたぶるに後世を惡しとすべきにもあらず、哥も、古ヘと後とを、くらべていはんには、たがひに勝劣ある中に、おのれ數十年よみこゝろみて、これを考るに、萬葉の哥のよきが、ゆたかにすぐれたることは、勿論なれども、今の世に、それをまなびてよむには、猶たらはぬことあるを、世々を經て、やうやうにたらひて、備はれる也、さればこそ、今の世に古風をよむ輩も、初心のほどこそ、何のわきまへもなく、みだりによみちらせ、すこしわきまへも出來ては、

新字:数おほくよまずはあるべからず、多くよむには、題なくはあるべからず、これらもおのづから然るべきいきほひ也、そもそも後世風、わろき事もあるは、勿論のこと也、然れどもわろき事をのみえり出て、わろくいはんには、古風の方にも、わろきことは有べし、一トむきに後世をのみ、いひおとすべきにあらず、後世風の歌の中にも、又いひしらずめでたくおもしろく、さらに古風にては、よみえがたき趣どもの有ルこと也、すべてもろもろの事の中には、古ヘよりも、後世のまされる事も、なきにあらざれば、ひたぶるに後世を悪しとすべきにもあらず、歌も、古ヘと後とを、くらべていはんには、たがひに勝劣ある中に、おのれ数十年よみこゝろみて、これを考るに、万葉の歌のよきが、ゆたかにすぐれたることは、勿論なれども、今の世に、それをまなびてよむには、猶たらはぬことあるを、世々を経て、やうやうにたらひて、備はれる也、さればこそ、今の世に古風をよむ輩も、初心のほどこそ、何のわきまへもなく、みだりによみちらせ、すこしわきまへも出来ては、

書き下し

数おほくよまずはあるべからず、多くよむには、題なくはあるべからず、これらもおのづから然るべきいきほひ也、そもそも後世風、わろき事もあるは、勿論のこと也、然れどもわろき事をのみえり出て、わろくいはんには、古風の方にも、わろきことは有べし、一トむきに後世をのみ、いひおとすべきにあらず、後世風の歌の中にも、又いひしらずめでたくおもしろく、さらに古風にては、よみえがたき趣どもの有ルこと也、すべてもろもろの事の中には、古ヘよりも、後世のまされる事も、なきにあらざれば、ひたぶるに後世を悪しとすべきにもあらず、歌も、古ヘと後とを、くらべていはんには、たがひに勝劣ある中に、おのれ数十年よみこゝろみて、これを考るに、万葉の歌のよきが、ゆたかにすぐれたることは、勿論なれども、今の世に、それをまなびてよむには、猶たらはぬことあるを、世々を経て、やうやうにたらひて、備はれる也、さればこそ、今の世に古風をよむ輩も、初心のほどこそ、何のわきまへもなく、みだりによみちらせ、すこしわきまへも出来ては、

現代語訳

数多く詠まなくてはならない。多く詠むには題がなくてはならない。これらも自然にそうなるはずの勢いである。そもそも後世風に悪いところもあるのは勿論のことである。けれども、悪い事ばかりを選び出して悪く言うのなら、古風の方にも悪いことはあるだろう。一方的に後世ばかりを貶すべきではない。後世風の歌の中にも、また言いようもなくすばらしく趣深く、とても古風では詠みえない趣がいろいろあるのである。総じてもろもろの事の中には、古よりも後世の方がまさっている事もないではないので、ひたすら後世を悪いとすべきでもない。歌も、古と後とを比べて言うなら、互いに優劣がある中で、私が数十年詠み試みてこれを考えるに、万葉の良い歌が豊かにすぐれていることは勿論だが、今の世にそれを学んで詠むには、なお足りないところがあるのを、時代を経て次第に満ち足りて備わったのである。だからこそ、今の世に古風を詠む連中も、初心のうちこそ何のわきまえもなく乱れて詠み散らすが、少しわきまえができてくると、

解説

良い歌を詠むには数多く詠まねばならず、多く詠むには題が要る。題詠を偽りとする古風家に対し、宣長は稽古の実際から題の必要を説く。そのうえで後世風にも欠点はあると認めつつ、欠点探しをするなら古風にも欠点はあると公平を求める。注目すべきは「おのれ数十年よみこころみて」という一句である。宣長は生涯に一万首近い歌を詠んだとされる。万葉の良い歌の豊かさを認めながらも、今の世にそれだけを学んで詠むには足りないものがあり、それが時代を経て備わってきたという判断は、理屈ではなく長年の実作から出ている。古を尊ぶ古学者が「後世のまされる事もある」と言い切るところに、その公平さがある。あなたは自分の分野の新しいものを、試さずに退けていないだろうか。

この章句が説くこと

題詠稽古後世風古風実作

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