徒然草 / 第197段
諸寺の僧のみにもあらず、定額の女嬬といふこと、延喜式に見えたり。すべて數さだまりたる公人の通號にこそ。
新字:諸寺の僧のみにもあらず、定額の女嬬といふこと、延喜式に見えたり。すべて数さだまりたる公人の通号にこそ。
書き下し
諸寺の僧のみにもあらず、定額の女嬬といふこと、延喜式に見えたり。すべて数さだまりたる公人の通号にこそ。
現代語訳
諸寺の僧だけでなく、定額の女嬬ということが、延喜式に見えている。すべて数の定まった公の職務にある人の共通の呼び名なのである。
解説
律令制度下の官職や職名についての、ごく短い考証の段です。「定額」という言葉は僧侶の定員制度でよく知られていますが、兼好はそれが僧侶に限った言葉ではないことを示すため、宮中に仕える女官である「女嬬」にも「定額」という語が用いられている例が『延喜式』という平安時代の法制史料に見えることを指摘します。そのうえで「定額」とは、僧に限らず、数が定められた公的な職に就く者全般に使われる通称なのだと結論づけています。一見些末な用語の考証のようですが、当時の兼好にとって『延喜式』のような古い法制文献を実際にひもとき、言葉の本来の適用範囲を正確に確かめようとする姿勢がうかがえます。ある言葉や制度を特定の分野だけのものだと思い込みがちですが、実際に一次資料に当たってみると意外なほど広い範囲に同じ枠組みが使われていたと分かることは今も少なくなく、思い込みを疑い出典に当たって確認するという地道な検証の姿勢の大切さを、この短い一段は伝えています。
この章句が説くこと
定額女嬬延喜式公人通号考証
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