徒然草 / 第64段
「車の五緒は必ず人によらず、ほどにつけて極むる官位に至りぬれば乘るものなり。」とぞ、ある人おほせられし。
新字:「車の五緒は必ず人によらず、ほどにつけて極むる官位に至りぬれば乗るものなり。」とぞ、ある人おほせられし。
書き下し
「車の五緒は必ず人によらず、ほどにつけて極むる官位に至りぬれば乗るものなり。」とぞ、ある人おほせられし。
現代語訳
「牛車の五緒(いつつお、車の装飾)は必ずしも身分の高い人に限らず、それぞれの官位に応じて、行き着くべき官位に至れば乗るものである。」と、ある人がおっしゃった。
解説
牛車の装飾である「五緒」を使う資格について、当時の故実を伝える短い段です。五緒は特定の家柄や身分の人だけが用いるものと思われがちですが、実際にはその人固有の生まれや家柄ではなく、官位という制度上の到達点によって定まるものだと、ある人の言葉を借りて説明しています。宮廷社会における装束や調度品の細かな決まりごとには、単なる慣習ではなく、官位制度と結びついた合理的な基準が存在していたことを示す一節です。兼好はこうした有職故実(儀式・制度に関する知識)を随所に書き留めており、当時の貴族社会の仕組みを知るための貴重な記録となっています。現代でも、地位や役職に応じて与えられる権限や待遇が、個人の属性ではなく制度上の到達点に基づいて決まる仕組みは共通しており、制度と身分の関係を考える手がかりになります。
この章句が説くこと
車の五緒有職故実官位牛車身分制度故実
関連する章句
-
徒然草・第95段「箱のくりかたに緒を著くる事、いづ方につけ侍るべきぞ。」と、ある有職の人に尋ね申し侍りしかば、「軸につけ表紙につくること、両説なれば、何れも難なし。文の箱は多くは右につく。手箱には軸につくるも常のことなり。」と仰せられき。
-
徒然草・第2段いにしへの聖の御代の政をも忘れ、民の憂へ、国のそこなはるゝをも知らず、万にきよらを尽して、いみじと思ひ、所狭きさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。「衣冠より馬車に至るまで、あるに随ひてもちひよ。美麗を求むることなかれ。」とぞ九条殿の遺誡にもはべる。順徳院の、禁中の事ども書かせ給へるにも、「おほやけの奉物はおろそかなるをもてよしとす。」とこそ侍れ。
-
徒然草・第65段「このごろの冠は、昔よりは遙かに高くなりたるなり。」とぞ、ある人おほせられし。古代の冠桶を持ちたる人は、端をつぎて今は用ふるなり。
-
徒然草・第221段建治弘安のころは、祭の日の放免のつけものに、異様なる紺の布四五端にて、馬をつくりて、尾髪には灯心をして、蜘蛛の網かきたる水干に附けて、歌の心などいひて渡りしこと、常に見及び侍りしなども、興ありてしたる心地にてこそ侍りしか。」と、老いたる道志どもの、今日もかたりはべるなり。この頃は、つけもの年をおくりて、過差ことの外になりて、万の重きものを多くつけて、左右の袖を人にもたせて、みづからは鋒をだに持たず、息づき苦しむ有様いと見ぐるし。
-
徒然草・第147段灸治あまた所になりぬれば神事に穢れありといふこと、近く人のいひ出せるなり、格式等にも見えずとぞ。
-
徒然草・第48段光親卿、院の最勝講奉行してさぶらひけるを、御前へ召されて、供御をいだされて食はせられけり。もの食ひ散らしたる衝重を、御簾の中へさし入れてまかり出でにけり。女房、「あな汚な。誰に取れとてか。」など申しあはれければ、「有職のふるまひ、やんごとなき事なり。」とかへすがへす感ぜさせ給ひけるとぞ。