徒然草 / 第195段
ある人、久我畷を通りけるに、小袖に大口きたる人、木造の地藏を田の中の水におしひたして、ねんごろに洗ひけり。心得がたく見るほどに、狩衣の男二人三人出で來て、「こゝにおはしましけり。」とて、この人を具して往にけり。久我内大臣殿にてぞおはしける。尋常におはしましける時は、神妙にやんごとなき人にておはしけり。
新字:ある人、久我畷を通りけるに、小袖に大口きたる人、木造の地蔵を田の中の水におしひたして、ねんごろに洗ひけり。心得がたく見るほどに、狩衣の男二人三人出で来て、「こゝにおはしましけり。」とて、この人を具して往にけり。久我内大臣殿にてぞおはしける。尋常におはしましける時は、神妙にやんごとなき人にておはしけり。
書き下し
ある人、久我畷を通りけるに、小袖に大口きたる人、木造の地蔵を田の中の水におしひたして、ねんごろに洗ひけり。心得がたく見るほどに、狩衣の男二人三人出で来て、「こゝにおはしましけり。」とて、この人を具して往にけり。久我内大臣殿にてぞおはしける。尋常におはしましける時は、神妙にやんごとなき人にておはしけり。
現代語訳
ある人が久我畷を通ったところ、小袖に大口をつけた人が、木造の地蔵を田の中の水に押し浸して、丁寧に洗っていた。理解しがたく思って見ているうちに、狩衣姿の男が二人三人出てきて、「ここにいらっしゃいましたか。」と言って、この人を連れて行ってしまった。久我内大臣殿でいらっしゃったのだ。正気でいらっしゃった時は、立派で高貴な人でいらっしゃった。
解説
高貴な身分の人物が正気を失っていた様子を描いた、やや異様な逸話です。ある人が久我畷を通りかかると、正装めいた小袖と大口袴を身につけた人物が、木造の地蔵を田の水に浸してひたすら丁寧に洗っているという不可解な光景に出くわします。訳が分からず見ていると、狩衣姿の従者らしき男たちが数人現れて「ここにいらっしゃいましたか」とその人物を連れ去り、それが久我内大臣その人であったことが明かされます。兼好は最後に、正気であった時のこの人物は非常に立派で高貴な人物であったと付け加えており、地位や普段の人格の高さと、心の均衡を失った時の異様な姿との落差そのものを淡々と記録することに主眼があります。人の心身の均衡がいかに脆いものであるかを、身分の高い者の例外的な逸話を通して示しており、どれほど社会的に立派とされる人物であっても、心の病や乱心とは無縁ではいられないという事実を静かに突きつけている点が、現代のメンタルヘルスへの理解にも通じる視点として読み取れます。
この章句が説くこと
久我畷久我内大臣地蔵乱心狩衣身分
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