徒然草 / 第103段
大覺寺殿にて、近習の人ども、謎々をつくりて解かれけるところへ、醫師忠守參りたりけるに、侍從大納言公明卿、「我が朝のものとも見えぬ忠守かな。」となぞなぞにせられたりけるを、唐瓶子と解きて笑ひあはれければ、腹立ちてまかでにけり。
新字:大覚寺殿にて、近習の人ども、謎々をつくりて解かれけるところへ、医師忠守参りたりけるに、侍従大納言公明卿、「我が朝のものとも見えぬ忠守かな。」となぞなぞにせられたりけるを、唐瓶子と解きて笑ひあはれければ、腹立ちてまかでにけり。
書き下し
大覚寺殿にて、近習の人ども、謎々をつくりて解かれけるところへ、医師忠守参りたりけるに、侍従大納言公明卿、「我が朝のものとも見えぬ忠守かな。」となぞなぞにせられたりけるを、唐瓶子と解きて笑ひあはれければ、腹立ちてまかでにけり。
現代語訳
大覚寺殿(後宇多院)のところで、側近の人々が謎々を作って解き合っていたところへ、医師の忠守が参上したところ、侍従大納言公明卿が、「わが国のものとも見えない忠守だなあ。」と謎々にして出題されたのを、「唐瓶子(からへいし、中国風の酒瓶)」と解いて皆で笑い合ったので、忠守は腹を立てて退出してしまった。
解説
宮中で興じられていた謎々遊びが、思わぬ形で一人の人物を傷つけてしまった逸話です。「唐瓶子」とは異国風の瓶を指す言葉ですが、忠守という医師の風貌や名にかけた連想から生まれた謎かけであったと考えられ、居合わせた人々はその機知に笑い合いましたが、当の忠守は自分がからかわれたと察して腹を立て、その場を去ってしまいました。座興のつもりの言葉遊びが、当事者にとっては侮辱と映ってしまうというすれ違いが、簡潔な描写の中に鮮やかに切り取られています。機転や言葉遊びの面白さは、それを共有できる者同士では楽しいものですが、対象とされた本人がその場にいる時には笑いが刃になり得るという、当時も今も変わらない人間関係の機微を考えさせられる一段です。
この章句が説くこと
大覚寺殿謎々医師忠守侍従大納言公明唐瓶子座興
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