徒然草 / 第97段
其の物につきて、その物を費し損ふもの、數を知らずあり。身に虱あり。家に鼠あり。國に賊あり。小人に財あり。君子に仁義あり。僧に法あり。
新字:其の物につきて、その物を費し損ふもの、数を知らずあり。身に虱あり。家に鼠あり。国に賊あり。小人に財あり。君子に仁義あり。僧に法あり。
書き下し
其の物につきて、その物を費し損ふもの、数を知らずあり。身に虱あり。家に鼠あり。国に賊あり。小人に財あり。君子に仁義あり。僧に法あり。
現代語訳
あるものに付随して、そのものを損なうものは、数え切れないほどある。身には虱(しらみ)がつく。家には鼠がつく。国には賊がつく。小人には財産がつく。君子には仁義がつく。僧には仏法がつく。
解説
短いながら鋭い逆説を含んだ一段です。虱・鼠・賊といった、身体や家や国にとって明らかに害となるものを並べたうえで、最後に「小人に財」「君子に仁義」「僧に法」と続けます。財産・仁義・仏法はいずれも本来望ましいもののはずですが、それを「その物を費し損ふもの」の列に並べることで、小人は財産のせいでかえって身を持ち崩し、君子は仁義に拘泥するあまり本質を見失い、僧は教義や戒律にとらわれて仏道の本質から離れてしまうことがある、という皮肉が込められています。良いものであっても、それに執着しすぎたり、扱い方を誤ったりすれば、かえって自分を損なう害になり得るという逆説的な洞察です。地位や知識、道徳的なこだわりが、時にその人自身を縛り不自由にしてしまうことは現代にも通じる戒めであり、何を持つかだけでなく、それとどう付き合うかが問われていると言えるでしょう。
この章句が説くこと
虱鼠賊小人君子仁義
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