徒然草 / 第65段
「このごろの冠は、昔よりは遙かに高くなりたるなり。」とぞ、ある人おほせられし。古代の冠桶を持ちたる人は、端をつぎて今は用ふるなり。
新字:「このごろの冠は、昔よりは遥かに高くなりたるなり。」とぞ、ある人おほせられし。古代の冠桶を持ちたる人は、端をつぎて今は用ふるなり。
書き下し
「このごろの冠は、昔よりは遙かに高くなりたるなり。」とぞ、ある人おほせられし。古代の冠桶を持ちたる人は、端をつぎて今は用ふるなり。
現代語訳
「近頃の冠は、昔よりもはるかに高くなったものだ。」と、ある人がおっしゃった。古い時代の冠桶(冠を保管する桶)を持っている人は、その桶の端を継ぎ足して今は使っているのである。
解説
貴族が着用する冠の高さが、時代とともに徐々に高くなっていったという風俗の変化を伝える短い段です。冠そのものだけでなく、それを保管するための「冠桶」まで、古い時代のものは丈が足りなくなり、端を継ぎ足して使わざるを得なくなったという具体的なエピソードを添えることで、変化の実感がより生々しく伝わってきます。兼好はこうした装束や道具の細部の変遷にも目を配り、当時の風俗史の記録として書き留めています。流行や様式が少しずつ変化し、気づけば元の道具では間に合わなくなっているという現象は、衣服の丈やデザイン、さらには言葉遣いや生活様式など、現代のさまざまな流行の移り変わりにも通じるものがあります。当たり前だと思っている今の様式も、いずれ大きく変わっていく途中の一時点に過ぎないことを教えてくれる段です。
この章句が説くこと
冠冠桶風俗の変化故実継ぎ足し流行の変遷
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