管子 / 形勢
疑今者察之古,不知來者視之往。萬事之生也,異趣而同歸,古今一也。生棟覆屋,怨怒不及。弱子下瓦,慈母操箠。天道之極,逺者自親;人事之起,近親造怨。萬物之於人也,無私近也,無私逺也,巧者有餘,而拙者不足。其功順天者天助之,其功逆天者天違之。天之所助,雖小必大;天之所違雖成必敗。順天者有其功,逆天者懷其凶,不可復振也。
新字:疑今者察之古,不知来者視之往。万事之生也,異趣而同帰,古今一也。生棟覆屋,怨怒不及。弱子下瓦,慈母操箠。天道之極,遠者自親;人事之起,近親造怨。万物之於人也,無私近也,無私遠也,巧者有余,而拙者不足。其功順天者天助之,其功逆天者天違之。天之所助,雖小必大;天之所違雖成必敗。順天者有其功,逆天者懐其凶,不可復振也。
書き下し
今を疑う者は之を古に察し、來を知らざる者は之を往に視る。萬事の生ずるや、趣を異にして歸を同じくす、古今一なり。生棟屋を覆すも、怨怒及ばず。弱子瓦を下ろせば、慈母箠を操る。天道の極まりは、遠き者も自ら親しみ、人事の起こりは、近く親しきが怨みを造る。萬物の人に於けるや、私に近づくこと無く、私に遠ざかること無し、巧なる者は餘り有り、而して拙なる者は足らず。其の功天に順う者は天之を助け、其の功天に逆らう者は天之に違う。天の助くる所は、小なりと雖も必ず大に、天の違う所は成ると雖も必ず敗る。天に順う者は其の功を有ち、天に逆らう者は其の凶を懷き、復た振う可からざるなり。
現代語訳
今がわからない者は昔に照らし、これからがわからない者は過ぎたことを見る。あらゆる事は起こり方が違っても行き着く先は同じで、昔も今も変わらない。生木の棟が家を倒しても、怨みや怒りは向かわない。幼子が屋根の瓦を下ろせば、やさしい母も鞭を取る。天の道が極まれば遠い者までおのずと親しみ、人の事が起これば近しい者こそが怨みを作る。万物は人に対して、私情で近づきも遠ざかりもしない。巧みな者には余りがあり、拙い者には足りない。その働きが天に順う者は天が助け、天に逆らう者は天が背く。天が助けるものは小さくても必ず大きくなり、天が背くものは成っても必ず敗れる。天に順う者はその功を保ち、天に逆らう者は凶を抱えて、二度と立ち直れない。
解説
この章句が説くこと
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『管子』形勢解棟生にして橈み任に勝えざれば則ち屋覆るも、人怨みざるは、其の理然ればなり。弱子は、慈母の愛する所なり、其の理を以て動かざる者瓦を下せば、則ち慈母之を笞つ。故に其の理を以て動く者は、屋を覆すと雖も怨みと為さず。其の理を以て動かざる者は、瓦を下せば必ず笞たる。故に曰く、「生棟屋を覆すも、怨怒及ばず。弱子瓦を下せば、慈母箠を操る」と。天道を行い、公理を出だせば、則ち逺き者も自ら親しむ。天道を廢し、私為を行えば、則ち子母も相怨む。故に曰く、「天道の極、逺き者も自ら親しむ。人事の起こり、近親も怨みを造る」と。古者武王は地方百里に過ぎず、戰卒の衆万人に過ぎず、然れども能く戰い勝ち攻め取り、立ちて天子と為り、世之を聖王と謂うは、之を為すの術を知ればなり。桀・紂は貴くして天子と為り、富みて海内を有ち、地方甚だ大に、戰卒甚だ衆きも、身死し國亡び、天下の僇と為るは、之を為すの術を知らざればなり。故に能く之を為せば、則ち小も大と為る可く、賤も貴と為る可し。之を為す能わざれば、則ち天子と為ると雖も、人猶お之を奪うなり。故に曰く、「巧なる者は餘り有り、而して拙なる者は足らざるなり」と。
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『管子』形勢之を樂しましむること莫ければ則ち之を哀しむこと莫く、之を生かすこと莫ければ則ち之に死すること莫し。往く者は至らず、來たる者は極まらず。道の言う所の者は一なり、而して之を用うる者は異なり。道を聞きて好みて家を為むる者有り、一家の人なり。道を聞きて好みて鄉を為むる者有り、一鄉の人なり。道を聞きて好みて國を為むる者有り、一國の人なり。道を聞きて好みて天下を為むる者有り、天下の人なり。道を聞きて好みて萬物を定むる者有り、天地の配なり。道の往く者は其の人來たること莫く、道の來たる者は其の人往くこと莫し。道の設くる所は、身の化するなり。滿を持する者は天と與にし、危きを安んずる者は人と與にす。天の度を失えば、滿つと雖も必ず涸れ、上下和せざれば、安しと雖も必ず危うし。天下に王たらんと欲して天の道を失えば、天下は得て王たる可からざるなり。天の道を得れば、其の事自然の若し。天の道を失えば、立つと雖も安からず。其の道既に得れば、其の之を為すを知ること莫く、其の功既に成れば、其の之を釋くを知ること莫し。之を藏して形無きは、天の道なり。
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『管子』形勢解人主術數を學ぶに務め、正理を行うに務むれば、則ち變化日に進み、大功に至るも、愚人は知らざるなり。亂主は淫佚邪枉にして、日に無道を為し、滅亡に至るも自ら知らざるなり。故に曰く、「其の之を為すを知る莫くして、其の功既に成る。其の之を舍つるを知る莫くして、之を藏して形無し」と。古者三王五霸は皆な人主の天下を利する者なり、故に身貴顯にして子孫其の澤を被る。桀・紂・幽・厲は、皆な人主の天下を害する者なり、故に身困傷して子孫其の禍を蒙る。故に曰く、「今を疑う者は之を古に察し、來を知らざる者は之を往に視る」と。神農は耕を教え榖を生じて以て民の利を致す。禹は身ら瀆を決し、髙きを斬り下きに橋して以て民の利を致す。湯・武は無道を征伐し、暴亂を誅殺して以て民の利を致す。故に明主の動作は異なりと雖も、其の民を利するは同じきなり。故に曰く、「萬事の任は、起こるを異にして歸を同じくす、古今一なり」と。
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『管子』形勢解解惰簡慢にして、之を以て主に事うれば則ち不忠、之を以て父母に事うれば則ち不孝、之を以て事を起こせば則ち成らず。故に曰く、「怠倦なる者は及ばざるなり」と。規矩を以て方圜を為せば則ち成り、尺寸を以て長短を量れば則ち得、法數を以て民を治むれば則ち安し。故に事の理に廣らざる者は、其の成ること神の若し。故に曰く、「廣むる無き者は神に疑う」と。主に事えて力を盡くさざれば則ち刑有り、父母に事えて力を盡くさざれば則ち親しまれず、業を受け學を問いて務を加えざれば則ち成らず。故に朝に勉力して進むに務めざれば、夕に功を見わす無し。故に曰く、「朝に其の事を忘るれば、夕に其の功を失う」と。中情信誠なれば則ち名譽美なり、行を修めて謹敬なれば則ち尊顯附く。中に情實無ければ則ち名聲惡し、行を修むること慢易なれば則ち汚辱生ず。故に曰く、「邪氣内を襲えば、正色乃ち衰う」と。
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『管子』勢逆節萌生し、天地未だ形せざるに先んじて之が政を為さば、其の事乃ち成らず、繆りて其の刑を受く。天は人に因り、聖人は天に因る。天時作らざれば、客と為る勿かれ。人事起こらざれば、始と為る勿かれ。其の衆を慕和して、以て天地の從を脩む。人先ず之を生じ、天地之を刑し、聖人之を成せば、則ち天と極を同じくす。正静にして爭わず、動作貳ならず、素質留まらざれば、地と極を同じくす。未だ天極を得ざれば、則ち德に隱る。已に天極を得れば、則ち其の力を致す。既に其の功を成さば、順いて其の從を守り、人代わる能わず。功を成すの道は、贏縮を寶と為す。天極を亡う毋かれ、數を究めて止まる。事若し未だ成らずんば、其の形を改むる毋かれ、其の始を失う毋かれ。民を静かにして時を觀、令を待ちて起こる。故に曰く、隂陽の從を脩めて、天地の常を道とすと。贏贏縮縮、因りて當と為す。死死生生、天地の形に因る。天地の形は、聖人之を成す。小しく取る者は小しく利あり、大いに取る者は大いに利あり、盡く之を行う者は天下を有つ。
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『管子』形勢解天は萬物を覆いて之を制し、寒暑を制し、日月を行らせ、星辰を次で、天の常なり。之を治むるに理を以てし、終わりて復た始まる。主は萬民を牧し、天下を治め、百官に莅む、主の常なり。之を治むるに法を以てし、終わりて復た始まる。子孫を和し、親戚を屬ぬる、父母の常なり。之を治むるに義を以てし、終わりて復た始まる。敦く敬い忠信なる、臣下の常なり。以て其の主に事え、終わりて復た始まる。親を愛し善く養い、思い敬いて教を奉ずる、子婦の常なり。以て其の親に事え、終わりて復た始まる。故に天其の常を失わざれば、則ち寒暑其の時を得、日月星辰其の序を得。主其の常を失わざれば、則ち羣臣其の義を得、百官其の事を守る。父母其の常を失わざれば、則ち子孫和順し、親戚相驩ぶ。臣下其の常を失わざれば、則ち事に過失無くして、官職政治まる。子婦其の常を失わざれば、則ち長幼理まりて親疎和す。故に常を用うる者は治まり、常を失う者は亂る。天未だ嘗て其の治むる所以を變えざるなり。故に曰く、「天は其の常を變えず」と。