徒然草 / 第43段
春の暮つかた、のどやかに艷なる空に、賤しからぬ家の、奧深く木立ものふりて、庭に散りしをれたる花見過しがたきを、さし入りて見れば、南面の格子を皆下して、さびしげなるに、東にむきて妻戸のよきほどに開きたる、御簾のやぶれより見れば、かたち清げなる男の、年二十ばかりにて、うちとけたれど、心にくくのどやかなる樣して、机の上に書をくりひろげて見居たり。いかなる人なりけむ、たづね聞かまほし。
新字:春の暮つかた、のどやかに艶なる空に、賤しからぬ家の、奥深く木立ものふりて、庭に散りしをれたる花見過しがたきを、さし入りて見れば、南面の格子を皆下して、さびしげなるに、東にむきて妻戸のよきほどに開きたる、御簾のやぶれより見れば、かたち清げなる男の、年二十ばかりにて、うちとけたれど、心にくくのどやかなる様して、机の上に書をくりひろげて見居たり。いかなる人なりけむ、たづね聞かまほし。
書き下し
春の暮つかた、のどやかに艶なる空に、賤しからぬ家の、奥深く木立ものふりて、庭に散りしをれたる花見過しがたきを、さし入りて見れば、南面の格子を皆下して、さびしげなるに、東にむきて妻戸のよきほどに開きたる、御簾のやぶれより見れば、かたち清げなる男の、年二十ばかりにて、うちとけたれど、心にくくのどやかなる様して、机の上に書をくりひろげて見居たり。いかなる人なりけむ、たづね聞かまほし。
現代語訳
春の暮れ方、のどかで艶やかな空の下、卑しくない家で、奥深く木立も古びていて、庭に散りしおれている花が見過ごしがたいので、中に入って見ると、南向きの格子はみな下ろされていて、寂しげな様子であるが、東向きの妻戸がちょうどよい具合に開いていて、御簾の破れから見ると、姿かたちの清らかな男が、年は二十歳ほどで、うちとけた様子ではあるが、奥ゆかしくのどかな感じで、机の上に書物を広げて見ていた。どのような人であったのだろうか、尋ねて聞いてみたいものだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一少々は見のがし聞きのがしがある故に、下々(しもじも)は安穩(あんのん)である。何某(なにがし)が当時、倹約を細かに仕(つかまつ)る由(よし)申し候えども、宜しからざる事である。藻(も)がらなどがある故、その蔭(かげ)に魚は隠れて、成長するのである。少々は、見のがし聞きのがしがある故に、下々は安穩なのである。人の身持(みも)ちなども、この心得があるべき事である。
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老子・第11章三十輻は一轂を共にす、其の無に当たりて、車の用有り。埴を埏ねて以て器と為す、其の無に当たりて、器の用有り。戸牖を鑿ちて以て室と為す、其の無に当たりて、室の用有り。故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり。
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老子・第22章曲なれば則ち全く、枉なれば則ち直く、窪なれば則ち盈ち、敝るれば則ち新たに、少なければ則ち得、多ければ則ち惑う。是を以て聖人は一を抱きて天下の式と為る。自ら見わさず、故に明らかなり。自ら是とせず、故に彰る。自ら伐らず、故に功有り。自ら矜らず、故に長し。夫れ唯だ争わず、故に天下能く之と争う莫し。古の所謂る曲なれば則ち全しとは、豈に虚言ならんや。誠に全くして之に帰す。
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老子・第45章大成は欠くるが若く、其の用は弊れず。大盈は沖しきが若く、其の用は窮まらず。大直は屈するが若く、大巧は拙なるが若く、大弁は訥なるが若し。躁は寒に勝ち、静は熱に勝つ。清静は天下の正と為る。
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『塩鉄論』錯幣篇文學曰く、古者は、德を貴びて利を賤しみ、義を重んじて財を輕んず。三王の時、叠いに盛んに叠いに衰う。衰うれば則ち之を扶け、傾けば則ち之を定む。是を以て夏は忠、殷は敬、周は文、庠序の教え、恭讓の禮、粲然として得て觀るべきなり。其の後に及び、禮義弛崩し、風俗滅息す、故に食祿の君子より、義に違いて財を競い、大小相い吞み、淚として轉た相い傾く。此れ或いは百年の余を儲え、或いは以て虛を充たし形を蔽う無き所以なり。古の仕うる者は穡さず、田する者は漁せず、關を抱き柝を擊つも、皆常秩有り、利を兼ね物を盡くすを得ず。此くの如くんば、則ち愚智功を同じくして、相い傾かざるなり。詩に云う、『彼に遺秉有り、此に滯穗有り、伊れ寡婦の利なり』と。物を盡くさざるを言うなり。
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老子・第15章古の善く士たる者は、微妙玄通、深くして識るべからず。夫れ唯だ識るべからず、故に強いて之が容を為す。豫として冬に川を渉るが若く、猶として四隣を畏るるが若く、儼としてそれ客の若く、渙として氷の将に釈けんとするが若く、敦としてそれ樸の若く、曠としてそれ谷の若く、混としてそれ濁れるが若し。孰か能く濁りて以て之を静かにして徐ろに清まさん。孰か能く安んじて以て久しく之を動かして徐ろに生ぜん。此の道を保つ者は盈つるを欲せず。夫れ唯だ盈たず、故に能く蔽れて新たに成る。