塩鉄論 / 錯幣篇
文學曰:「古者、貴德而賤利、重義而輕財。三王之時、叠盛叠衰。衰則扶之、傾則定之。是以夏忠、殷敬、周文、庠序之教、恭讓之禮、粲然可得而觀也。及其後、禮義弛崩、風俗滅息、故自食祿之君子、違於義而競於財、大小相吞、淚轉相傾。此所以或儲百年之余、或無以充虛蔽形也。古之仕者不穡、田者不漁、抱關擊柝、皆有常秩、不得兼利盡物。如此、則愚智同功、不相傾也。詩云:『彼有遺秉、此有滯穗、伊寡婦之利。』言不盡物也。」
新字:文学曰:「古者、貴徳而賤利、重義而軽財。三王之時、叠盛叠衰。衰則扶之、傾則定之。是以夏忠、殷敬、周文、庠序之教、恭譲之礼、粲然可得而観也。及其後、礼義弛崩、風俗滅息、故自食禄之君子、違於義而競於財、大小相吞、涙転相傾。此所以或儲百年之余、或無以充虚蔽形也。古之仕者不穡、田者不漁、抱関擊柝、皆有常秩、不得兼利尽物。如此、則愚智同功、不相傾也。詩云:『彼有遺秉、此有滞穗、伊寡婦之利。』言不尽物也。」
書き下し
文學曰く、古者は、德を貴びて利を賤しみ、義を重んじて財を輕んず。三王の時、叠いに盛んに叠いに衰う。衰うれば則ち之を扶け、傾けば則ち之を定む。是を以て夏は忠、殷は敬、周は文、庠序の教え、恭讓の禮、粲然として得て觀るべきなり。其の後に及び、禮義弛崩し、風俗滅息す、故に食祿の君子より、義に違いて財を競い、大小相い吞み、淚として轉た相い傾く。此れ或いは百年の余を儲え、或いは以て虛を充たし形を蔽う無き所以なり。古の仕うる者は穡さず、田する者は漁せず、關を抱き柝を擊つも、皆常秩有り、利を兼ね物を盡くすを得ず。此くの如くんば、則ち愚智功を同じくして、相い傾かざるなり。詩に云う、『彼に遺秉有り、此に滯穗有り、伊れ寡婦の利なり』と。物を盡くさざるを言うなり。
現代語訳
文学が言った。「昔は徳を貴んで利を賤しみ、義を重んじて財を軽んじた。夏・殷・周の三王の時代は、代わる代わる盛んになり衰えた。衰えれば支え、傾けば立て直した。だから夏は忠、殷は敬、周は文をもって知られ、学校の教えと譲り合いの礼が、はっきりと目に見えるほどだった。その後、礼と義がゆるみ崩れ、良い風俗が絶えた。俸禄をもらう君子からして義に背いて財を競い、大は小を呑み、次々と傾いていった。だから一方は百年分の余りを蓄え、一方は腹を満たし身を覆うものすらない。昔は、仕える者は農作をせず、田を耕す者は漁をせず、門番も夜回りもそれぞれ決まった俸禄があって、利を兼ねて取り尽くすことは許されなかった。こうであれば、愚かな者も賢い者も功は同じで、互いに傾け合うこともない。『詩経』にいう、あちらに刈り残しの束があり、こちらに落ちた穂がある、これは寡婦の取り分だ、と。取り尽くさないということを言っているのだ」
解説
この章句が説くこと
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