都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
主君ノ敵ヲ見遁ニシ、武士ノ道ヲ舍ンヤ、多分ニ背ト云トモ、敵ヲ打ハ士ノ道ナリ、今日ノ交モ斯ノゴトシ、ソシル人アリトモ、ナンゾ上下ノ禮ヲ亂ンヤ、喩バ加賀絹ハ羽二重ニ似タリ、紬ハ木綿ニ似タリ、ヨツテ聖人ノ敎ヲ聞得タル者ハ上ヲ恐レ、紬ヲ著テ貴賤ヲ分ルノ禮ヲ貴ブ、敎ヲ聞ザレバ、加賀絹ヲ著テ上ヲ犯シ、貴賤尊卑ノ禮ヲ亂シ、思ハズシテ罪人トナル、是敎ヲ知ラザルヨリ致ス所ナリ、敎ヲ知ル時ハ、交モ不絕シテ奢ヲナサズ、我ヲ下ルユヘニ、人ニ惡レズシテ、心易交ルナリ、又敎ヲシラザル者ニ、財多ケレバ身ノ程ヲ知ラズ、我ヲタカブルユヘニ、世ノ人コレヲ憎、表向ハ交ルトイヘドモ、心ハ常ニ離ルヽナリ、子曰、君子泰不驕、小人驕不泰、
新字:主君ノ敵ヲ見遁ニシ、武士ノ道ヲ舎ンヤ、多分ニ背ト云トモ、敵ヲ打ハ士ノ道ナリ、今日ノ交モ斯ノゴトシ、ソシル人アリトモ、ナンゾ上下ノ礼ヲ乱ンヤ、喩バ加賀絹ハ羽二重ニ似タリ、紬ハ木綿ニ似タリ、ヨツテ聖人ノ教ヲ聞得タル者ハ上ヲ恐レ、紬ヲ著テ貴賤ヲ分ルノ礼ヲ貴ブ、教ヲ聞ザレバ、加賀絹ヲ著テ上ヲ犯シ、貴賤尊卑ノ礼ヲ乱シ、思ハズシテ罪人トナル、是教ヲ知ラザルヨリ致ス所ナリ、教ヲ知ル時ハ、交モ不絶シテ奢ヲナサズ、我ヲ下ルユヘニ、人ニ悪レズシテ、心易交ルナリ、又教ヲシラザル者ニ、財多ケレバ身ノ程ヲ知ラズ、我ヲタカブルユヘニ、世ノ人コレヲ憎、表向ハ交ルトイヘドモ、心ハ常ニ離ルヽナリ、子曰、君子泰不驕、小人驕不泰、
書き下し
主君の敵を見遁しにし、武士の道を舎てんや。多分に背くと云ふとも、敵を打つは士の道なり。今日の交はりも斯くのごとし。そしる人ありとも、なんぞ上下の礼を乱さんや。喩へば加賀絹は羽二重に似たり、紬は木綿に似たり。よつて聖人の教へを聞き得たる者は上を恐れ、紬を著て貴賤を分くるの礼を貴ぶ。教へを聞かざれば、加賀絹を著て上を犯し、貴賤尊卑の礼を乱し、思はずして罪人となる。是れ教へを知らざるより致す所なり。教へを知る時は、交はりも絶えずして奢をなさず、我を下るゆへに、人に悪まれずして、心易く交はるなり。又教へをしらざる者に、財多ければ身の程を知らず、我をたかぶるゆへに、世の人これを憎み、表向きは交はるといへども、心は常に離るゝなり。子曰く、君子は泰かにして驕らず、小人は驕りて泰かならず。
現代語訳
主君の敵を見逃しにして、武士の道を捨てるでしょうか。大勢に背くことになっても、敵を討つのが武士の道です。今日の世間づきあいも同じことです。非難する人がいても、どうして上下の礼を乱せましょう。たとえば加賀絹は羽二重に似ており、紬は木綿に似ています。だから聖人の教えを聞き知った者はお上を恐れ、紬を着て貴賤を分ける礼を尊びます。教えを聞かなければ、加賀絹を着てお上の決まりを犯し、貴賤尊卑の礼を乱して、思いがけず罪人となります。これは教えを知らないことから起こるのです。教えを知っていれば、交わりも絶えず、ぜいたくもせず、へりくだるので人に憎まれず、気安く交われます。また教えを知らない者が財産を多く持つと、身のほどを知らずにたかぶるので、世の人はこれを憎み、表向きはつきあっていても、心はいつも離れています。孔子は『君子はゆったりとしておごらず、小人はおごってゆったりしていない』と言われました。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一言行をわかてば、人の身のわざ四となる。視聴言動なり。此四のわざに、皆なすべき所の定れる法あり、是を礼といふ。礼にしたがひて、視聴言動をなすべし。四の事のなすまじき事をなすは、非礼なり。礼は、たとへば工のすみかねの如し。すみかねを用ひざれば、材木あれども用にたたず。礼を用ひざれば、視聴言動皆道にかなはず。およそ人の人たる所は礼なり。礼なければ、禽獣にちかし。故に礼は身ををさめ、道を行ふ則なり。君子は常に礼を守り行ふ。小人はつねに礼にそむく。是君子と小人のわかるる所なり。
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『学則』答屈景山書夫れ学問なる者は君子の事なり。君子は争ふ所無し。争へば斯ち徳を害す。問ふ者は弟子の事なり。弟子の礼を秉りて訟ふる者の鬩ぎを用ふ。鬩げば斯ち礼を害す。徳と礼とを害する者は、君子由らざるなり。孟子の弁を好みて楊墨を闢けしより、其の時の已むを得ざるに由ると雖も、亦た古の道に非ざるなり。不佞窃かに焉を惜しむ。爾後、稷下の市学、田巴一日に千人を服す。流風の扇ぐ所、是非蜂涌し、百世に紛呶たり。悲しいかな。彼の浮屠の勘弁有るが若きは、則ち亦た訟へを聴く者の道なり。儒の黠き者、陰かに其の術を操り、以て人を窺ひて自ら憙ぶ。乃ち名教の罪人なり。
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史記 礼書歩驟馳騁広騖するも外れず、是を以て君子の性は宮庭を守るなり。人域是れ域とするは、士君子なり。是に外るるは、民なり。是に於いて中し、房皇周浹し、曲直其の次序を得るは、聖人なり。故に厚きとは、礼の積なり。大なるとは、礼の広なり。高きとは、礼の隆なり。明らかなるとは、礼の尽なり。
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礼記・礼運故に唯だ聖人のみ礼の以て已むべからざるを知ると為す。故に国を壊り、家を喪い、人を亡ぼすは、必ず先ず其の礼を去る。故に礼の人に於けるや、猶お酒の糱(げつ)有るがごときなり。君子は以て厚く、小人は以て薄し。
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