都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
答、汝ノイヘル如ク、人倫ヲ絕コト大ナル罪ナリ、我云所モ悉ク人倫ノミ、汝ノイヘル鳥獸ト、群ヲ同スベカラズトノ玉フ、聖人ノ意ハ、道ノ廢タル世ナレドモ、此人ト交テ亂タルヲ正シ、古ヘノ道ニ反サントノ玉フコトナリ、然ルヲ汝ハ、無道ノ人ヲ正スコト能ハズシテ、交ル而已ヲヨシト思ヘルハ非ナリ、禮アルヲ以テ人トス、禮無トキハ人倫ニアラズ、食テ愛セザルハ豕ノ交ナリ、愛シテ敬セザルハ獸ノ畜ナリト、孟子ノ玉フ、是禮ニアラザレバ、交テモ不交ノ證ナリ、木綿布子生布ノ帷子ハ、上下ノ品分テ法ニ背カズ、盡ク禮ニ合ヘリ、譬バ此ニ、君ヲ打レシ臣數多アラン、心ヲ合テ敵ヲ伐ハ士ノ道ナリ、然ルニ皆々不同心ナラバ、大勢ニハ背カレズト云テ、
新字:答、汝ノイヘル如ク、人倫ヲ絶コト大ナル罪ナリ、我云所モ悉ク人倫ノミ、汝ノイヘル鳥獣ト、群ヲ同スベカラズトノ玉フ、聖人ノ意ハ、道ノ廃タル世ナレドモ、此人ト交テ乱タルヲ正シ、古ヘノ道ニ反サントノ玉フコトナリ、然ルヲ汝ハ、無道ノ人ヲ正スコト能ハズシテ、交ル而已ヲヨシト思ヘルハ非ナリ、礼アルヲ以テ人トス、礼無トキハ人倫ニアラズ、食テ愛セザルハ豕ノ交ナリ、愛シテ敬セザルハ獣ノ畜ナリト、孟子ノ玉フ、是礼ニアラザレバ、交テモ不交ノ証ナリ、木綿布子生布ノ帷子ハ、上下ノ品分テ法ニ背カズ、尽ク礼ニ合ヘリ、譬バ此ニ、君ヲ打レシ臣数多アラン、心ヲ合テ敵ヲ伐ハ士ノ道ナリ、然ルニ皆々不同心ナラバ、大勢ニハ背カレズト云テ、
書き下し
答ふ、汝のいへる如く、人倫を絶つこと大なる罪なり。我が云ふ所も悉く人倫のみ。汝のいへる鳥獣と、群を同じうすべからずと宣ふ、聖人の意は、道の廃れたる世なれども、此の人と交はりて乱れたるを正し、古への道に反さんと宣ふことなり。然るを汝は、無道の人を正すこと能はずして、交はるのみをよしと思へるは非なり。礼あるを以て人とす。礼無きときは人倫にあらず。食うて愛せざるは豕の交はりなり、愛して敬せざるは獣の畜なりと、孟子の宣ふ。是れ礼にあらざれば、交はりても交はらざるの証なり。木綿布子生布の帷子は、上下の品分れて法に背かず、尽く礼に合へり。譬へば此に、君を打たれし臣数多あらん。心を合せて敵を伐つは士の道なり。然るに皆々不同心ならば、大勢には背かれずと云ひて、
現代語訳
梅岩は答えました。「あなたの言うとおり、人の道を絶つのは大きな罪です。私の言うこともすべて人の道のことだけです。あなたの引いた『鳥や獣とは群れを同じくできない』と言われた聖人の意は、道の廃れた世であっても、この人々と交わって乱れを正し、昔の道に戻そうということです。それなのにあなたは、道に外れた人を正すことができずに、ただ交わることだけをよいと思っている。それは誤りです。礼があるからこそ人なのです。礼がなければ人の道ではありません。孟子は『養っても愛さないのは豚とのつきあいであり、愛しても敬わないのは獣を飼うのと同じだ』と言われました。礼にかなわなければ、交わっても交わらないのと同じだという証拠です。木綿の綿入れや生布の単衣は、上下の品が分かれていて決まりに背かず、すべて礼にかなっています。たとえば、ここに主君を討たれた家臣が大勢いるとしましょう。心を合わせて敵を討つのが武士の道です。ところがみなが同意しないからといって、大勢には背けないと言って、
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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