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都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段

答、尤此事ハ深心有ベシ、如何ナレバ、世間ニテ金銀ノ出入スルヲ見ルニ、假令親類手代ニテモ、先彼ハ此ホドノ金、反カ反サヌカト、金銀ヲ貸ザル前ニ、吟味スルハ每ナリ、然ルニ汝ノ親方ハ、先方ノ身上往カヌル筋道有レバ貸、ユクベキ理アレバ不貸トハ、親ノ子ヲ思フ心ト、何ゾ替アラン、嗟世ノ中ノ人、十人ニ二三人程、加樣ナル人アラバ、世ノ難義スル人少カルベシ、我金銀ト思ハズ、我ハ此事ヲ治ル役人ト思フ志、世ニ稀ナルコトナリ、我一族ノ人ヲ、左樣ニ深切ニ思フ身ニハ、誰モ成タキ者哉、孔子モ周急不繼富トノ玉フ、周急トハ、困窮ノ者ノ足ザル所ヲ補助ルコトナリ、不繼富トハ、富デ餘アル者ニハ、ツギ足ニハ及バズトノ玉フコトナリ、

新字:答、尤此事ハ深心有ベシ、如何ナレバ、世間ニテ金銀ノ出入スルヲ見ルニ、仮令親類手代ニテモ、先彼ハ此ホドノ金、反カ反サヌカト、金銀ヲ貸ザル前ニ、吟味スルハ毎ナリ、然ルニ汝ノ親方ハ、先方ノ身上往カヌル筋道有レバ貸、ユクベキ理アレバ不貸トハ、親ノ子ヲ思フ心ト、何ゾ替アラン、嗟世ノ中ノ人、十人ニ二三人程、加様ナル人アラバ、世ノ難義スル人少カルベシ、我金銀ト思ハズ、我ハ此事ヲ治ル役人ト思フ志、世ニ稀ナルコトナリ、我一族ノ人ヲ、左様ニ深切ニ思フ身ニハ、誰モ成タキ者哉、孔子モ周急不継富トノ玉フ、周急トハ、困窮ノ者ノ足ザル所ヲ補助ルコトナリ、不継富トハ、富デ余アル者ニハ、ツギ足ニハ及バズトノ玉フコトナリ、

書き下し

答ふ、尤も此の事は深き心有るべし。如何なれば、世間にて金銀の出入りするを見るに、仮令親類手代にても、先づ彼は此れほどの金、反すか反さぬかと、金銀を貸さざる前に、吟味するは毎なり。然るに汝の親方は、先方の身上往きかぬる筋道有れば貸し、ゆくべき理あれば貸さずとは、親の子を思ふ心と、何ぞ替りあらん。嗟世の中の人、十人に二三人程、加様なる人あらば、世の難義する人少なかるべし。我が金銀と思はず、我は此の事を治むる役人と思ふ志、世に稀なることなり。我が一族の人を、左様に深切に思ふ身には、誰も成りたき者かな。孔子も急を周うて富めるに継がずと宣ふ。周急とは、困窮の者の足らざる所を補ひ助くることなり。不継富とは、富んで余りある者には、つぎ足すには及ばずと宣ふことなり。

現代語訳

梅岩は答えました。「まことに、これには深い心があるはずです。なぜなら、世間の金銀の出し入れを見ると、たとえ親類や手代でも、まず、あの人はこれほどの金を返すか返さないかと、貸す前に吟味するのが常です。それなのにあなたの主人は、相手の暮らしが立ち行かない筋道があれば貸し、立ち行く理由があれば貸さない。これは親が子を思う心と何の違いがありましょう。ああ、世の中の人の十人に二、三人ほどでもこういう人がいれば、世に困る人は少なくなるでしょう。自分の金銀とは思わず、自分はこのことを取り仕切る役人だと思う志は、世にまれなものです。一族の人をこれほど深く思う身には、誰もがなりたいものです。孔子も『急を周うて富めるに継がず』と言われました。『周急』とは、困窮した者の足りないところを補い助けること、『不継富』とは、富んで余りある者には、つぎ足すには及ばないということです。

解説

梅岩は、主人の貸し方を「親が子を思う心」だと読み解きます。世間は返すかどうかで貸す相手を選びますが、主人は、暮らしが立たない筋道がある者には貸し、立つ者には貸しません。基準が利益ではなく相手の必要にあるのです。自分の金ではなく「このことを取り仕切る役人」として金を預かっているという意識が、ここでも繰り返されます。『論語』雍也篇の「君子は急を周うて富めるに継がず」を引き、その意味まで丁寧に説明しています。

この章句が説くこと

周急貸金慈悲役人論語

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