都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
答、扱此ニ至テ、一入感心致ス所ナリ、何ヲ以テナレバ、金銀ハ天下ノ御寶ナリ、銘々ハ世ヲ互ニシ、救ヒ助ル役人ナリト知ラルヽト見ヘタリ、此故ニ困窮ニ至テ多クノ人ヲ救ヒ、又救レシ者ドモヨリ、忝ナシト、染々禮ヲイフ者モナケレドモ、其厭ナキハ、聖人トイヘドモ、此上モ有マジキカト思ヘリ、孟子所謂若民、則無恆產因無恆心ト、民ノ知ナキハ常ナリ、其愚ナル處ヲ知テ、其者ヨリ、我慈悲ヲ知ラザレドモ、其厭ナク、他ノ憂ヲ救ヒ、自コレヲ任トス、能貯能施ス今ノ親方ハ、學問ヲ好ルヽトモ聞ザリシガ、假令一字モ學ズトイヘドモ、此ゾ實ノ學者ナラン、先人ハ、天地、物ヲ生ズルノ心ヲ得テ、心トスルナレバ、人物ヲハゴクミ育フヲ以テ要トス、孟子所謂君子所性、雖大行不加、雖窮居不損、分定故ナリト、是ヲ以テ見レバ、人ハ貴賤ニ不限、盡天ノ靈ナリ、貧窮ノ人トイヘドモ、一人飢時ハ、直ニ天ノ靈ヲ絕ニ同ジ、此故ニ、聖人ハ民ヲ養フヲ以テ本トシ玉フ、此ヲ以テ飢饉年ニハ、御上ヨリ、飢者ヲ救セ玉フ御事ナレバ、子ノ親方モ、御法ヲ能モ用盡サレタリ、ソノ志シ、誰モ斯ハ有度モノナリ、
新字:答、扱此ニ至テ、一入感心致ス所ナリ、何ヲ以テナレバ、金銀ハ天下ノ御宝ナリ、銘々ハ世ヲ互ニシ、救ヒ助ル役人ナリト知ラルヽト見ヘタリ、此故ニ困窮ニ至テ多クノ人ヲ救ヒ、又救レシ者ドモヨリ、忝ナシト、染々礼ヲイフ者モナケレドモ、其厭ナキハ、聖人トイヘドモ、此上モ有マジキカト思ヘリ、孟子所謂若民、則無恒産因無恒心ト、民ノ知ナキハ常ナリ、其愚ナル処ヲ知テ、其者ヨリ、我慈悲ヲ知ラザレドモ、其厭ナク、他ノ憂ヲ救ヒ、自コレヲ任トス、能貯能施ス今ノ親方ハ、学問ヲ好ルヽトモ聞ザリシガ、仮令一字モ学ズトイヘドモ、此ゾ実ノ学者ナラン、先人ハ、天地、物ヲ生ズルノ心ヲ得テ、心トスルナレバ、人物ヲハゴクミ育フヲ以テ要トス、孟子所謂君子所性、雖大行不加、雖窮居不損、分定故ナリト、是ヲ以テ見レバ、人ハ貴賤ニ不限、尽天ノ霊ナリ、貧窮ノ人トイヘドモ、一人飢時ハ、直ニ天ノ霊ヲ絶ニ同ジ、此故ニ、聖人ハ民ヲ養フヲ以テ本トシ玉フ、此ヲ以テ飢饉年ニハ、御上ヨリ、飢者ヲ救セ玉フ御事ナレバ、子ノ親方モ、御法ヲ能モ用尽サレタリ、ソノ志シ、誰モ斯ハ有度モノナリ、
書き下し
答ふ、扨て此に至りて、一入感心致す所なり。何を以てなれば、金銀は天下の御宝なり。銘々は世を互ひにし、救ひ助くる役人なりと知らるゝと見えたり。此の故に困窮に至りて多くの人を救ひ、又救はれし者どもより、忝なしと、染々礼をいふ者もなけれども、其の厭ひなきは、聖人といへども、此の上も有るまじきかと思へり。孟子の所謂、民の若きは、則ち恒産無ければ因りて恒心無しと。民の知なきは常なり。其の愚かなる処を知りて、其の者より、我が慈悲を知らざれども、其の厭ひなく、他の憂ひを救ひ、自らこれを任とす。能く貯へ能く施す今の親方は、学問を好まるゝとも聞かざりしが、仮令一字も学ばずといへども、此れぞ実の学者ならん。先づ人は、天地、物を生ずるの心を得て、心とするなれば、人物をはごくみ育ふを以て要とす。孟子の所謂、君子の性とする所は、大いに行はるると雖も加へず、窮居すと雖も損ぜず、分定まるが故なりと。是れを以て見れば、人は貴賤に限らず、尽く天の霊なり。貧窮の人といへども、一人飢うる時は、直に天の霊を絶つに同じ。此の故に、聖人は民を養ふを以て本とし玉ふ。此れを以て飢饉年には、御上より、飢うる者を救はせ玉ふ御事なれば、子の親方も、御法を能くも用ひ尽されたり。その志し、誰も斯くは有りたきものなり。
現代語訳
梅岩は答えました。「さて、ここに至っては、ひときわ感心するところです。なぜなら、主人は金銀を天下の宝と考え、人はそれぞれ世の中で互いに助け合い、救い助ける役目の者だと心得ておられると見えるからです。だから困窮の時には多くの人を救い、救われた者たちからしみじみ礼を言う者がなくても嫌がりません。聖人といえども、これ以上のことはないだろうと思います。孟子の言う『民は、安定した生業がなければ、安定した心を持てない』というように、民に分別がないのは常のことです。その愚かさを知ったうえで、相手が自分の慈悲に気づかなくても嫌がらず、他人の憂いを救い、それを自分の務めとしています。よく貯え、よく施す今の主人は、学問を好まれるとも聞きませんでしたが、たとえ一字も学ばなくても、この人こそ本当の学者でしょう。そもそも人は、天地が物を生み出す心を受けて自分の心としているのですから、人や物を育むことを要とします。孟子の言う『君子が本性とするものは、大いに世に行われても増えず、困窮しても減らない。分が定まっているからだ』のとおり、人は貴賤にかかわらず、みな天の霊なのです。貧しい人でも一人が飢えれば、それはただちに天の霊を絶つのと同じです。だから聖人は民を養うことを根本とされました。飢饉の年にお上が飢えた者を救わせるのもそのためで、あなたの主人もその御法をよく生かしておられます。その志は、誰もがこうありたいものです。」
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『益軒家訓』幼児須教一学問の大綱は、大学の経の文、朱子の学規を以て法則とす。必天地聖人の道に背きて、仏氏の教に従ふべからず。若仏氏に従ふ者あらば、父祖の遺訓に背き、不孝の罪に陥るのみならず、天地神明の道に背く。故に天地神明の罪人なるべし。天道は至公にして、其咎なしといへども、恐るべき事なり。但不仁は天の責を身にうけ、子孫に報ふ事影響の如し、畏るべき事の甚しきなり。
-
言志四録・言志晩録 第二十五条 学の次第と本体学に次第有るは、猶ほ弓を執り箭を挟み、引満して発するがごとし。直ちに本体を指すは、猶ほ懸くるに正鵠を以てし、必中を期するがごとし。
-
『講孟余話』附尾 讀保建大記一條跋。講孟劄記成る。因りて復た瀏覧すること一周、遂に名を講孟余話と改む。蓋し劄は鍼刺なり。凡そ其の記す所、精義を発し、文藻を摛ぶること、鍼の膚を刺して鮮血迸り出づるが如く、鍼の衣を刺して彩線絺繍するが如くにして、而る後以て称名と為すに足るのみ。而して余の此の著、豈に其れ然らんや。余の獄に在るや、囚徒胥ひ居り、其の已に家に帰るや、親戚盍簪す。時に乃ち孟子を把りて之れを講ず。其の訓詁を精しくするに非ず、其の文字を喜ぶに非ず、唯だ其の一憂一楽、一喜一怒、尽く諸を孟子に寓するのみ。故に其の喜楽に当りてや、孟子を講じて、復た益々喜楽し、其の憂怒に当りてや、孟子を講じて、復た益々憂怒す。憂怒の抑ふべからず、喜楽の歇むべからず、話に随ひ話に随ひ、稍積みて巻を成す者、即ち此の著なり。然らば則ち是れ特に講孟の余話のみ、何ぞ劄記と為すことを得んや。余已に囚徒親戚と、其の憂楽を同じくし、其の喜怒を共にす、亦已に足れり。而るに又之れを録して巻を成し以て世に問ふ、太だ贅ならずや。且つ此れを持して経学先生に問はんか、経学先生将に其の雑駁麁豪を罵らんとす。此れを持して文章博士に問はんか、文章博士将に其の鄙俚蕪陋を笑はんとす。然らば則ち当今の世、孰れか問ひ孰れか答へんや。噫、是れ吾が余話の録に已む能はざる所以なり。夫れ天下経学文章を以て教へと為す、蓋し亦久しいかな。経学益々明らかに、文章益々美にして、国威日に細く、外夷日に熾んなり。斯の道の道たる所以の者は、果して何くにか在る。則ち天下吾と憂楽を同じくし喜怒を共にする者、亦何ぞ独り一二の囚徒親戚のみならんや。而るに余屏居して世を謝す、世其の人有りと雖も、相従ひて晤言するに由なし。則ち余話の録、吾益々已む能はざるなり。噫、天下の士、其れ何を以て之れを教へん。安政三年、歳丙辰に次る、季夏の日、二十一回猛士藤寅、諸を松陰の囚室に書す。此の編、業を去年六月十三日に起し、今年六月十三日に卒る。中間或は作り或は輟め、居処已に変じ、会する者又異なり、而して正に期月に当りて、方に乃ち編を成す、亦奇ならずや。寅重ねて書す。
-
うひ山ぶみ・本文上ノ件ところどころ、圏の内に、かたかなをもてしるししたるは、いはゆる相じるしにて、その件リ々にいへることの、然る子細を、又奥に別にくはしく論ひさとしたるを、そこはこゝと、たづねとめて、しらしめん料のしるし也、世に物まなびのすぢしなじな有て云々、物学とは、皇朝の学問をいふ、そもそもむかしより、たゞ学問とのみいへば、漢学のことなる故に、その学と分むために、皇国の事の学をば、和学或は国学などいふならひなれども、そはいたくわろきいひざま也、みづからの国のことなれば、皇国の学をこそ、たゞ学問とはいひて、漢学をこそ、分て漢学といふべきことなれ、それももし漢学のこととまじへいひて、まぎるゝところにては、皇朝学などはいひもすべきを、うちまかせてつねに、和学国学などいふは、皇国を外にしたるいひやう也、もろこし朝鮮於蘭陀などの異国よりこそ、さやうにもいふべきことなれ、みづから吾国のことを、然いふべきよしなし、すべてもろこしは、外の国にて、かの国の事は、何事もみな外の国の事なれば、
-
『学則』答屈景山書不佞其の是くの若きを懲り、凡そ師友の素有るに非ずして来たりて相問難する者に値ふ毎に、一切対を置かず。是れ不佞の常なり。不佞往歳蘐園随筆を作る。其の時、識見未だ定まらず、争心未だ消えず。然れども随筆の作は、自ら書して以て自ら翫び、聊か以て間を消すのみにして、初めより以て人に示すに非ざるなり。独り奈んせん、誤りて剞劂の手に堕ち、遂に諸を海内に公にす。海内の諸君子、因りて不佞を弁を好む者と謂ふ。不佞の心に非ざるなり。今来喩を観るに、亦た対を置かざるの例に在り。然りと雖も、足下既に争心無きを以て告げられ、而して君家の先生は乃ち不佞が髫年の時より私心に郷往する所なれば、則ち何ぞ必ずしも恝然たらんや。亦た唯人心の面の如き、不佞豈に能く諸を足下に喩さんや。但だ不佞の李王を取る所以の故を言ひて以て来意に酬いん。其の取舍の如きは、乃ち足下に在り。唯足下之を択べ。
-
『酔古堂剣掃』集法・貨財を積むの心を以て學問を積む貨財を積むの心を以て學問を積み、功名を求むるの念を以て道德を求め、子女を愛するの心を以て父母を愛し、爵位を保つの策を以て國家を保つ。