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都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段

此方ヨリ定リタル家督アリト思ヘルハ、上ヲ無スル罪人ナリ、又借銀ヲ乞者モナシトイフハ辟コトナリ、如何トナレバ、汝今親方ニ仕ルニ、最早何年ホドハ勤タレバ、イツゴロハ宿持セクレラレント、定テ期ニ、セラルベシ、然ルヲ時來テモ、暇ヲ乞サレバ宿ヲ持セズ、何マデツカワルヽトモ、親方ノ遣ヒ得ト云ツテ、スマシテ置レンヤ、我身ヲ推テ知ラルベシ、汝ガ時節ヲ待如ク、貸タル者モ日限來レバ、利足ヲ添テ返サルヽヲ待ハ常ナリ、其ヲ乞者ナケレバトテ、反サヌト云法アリヤ、然ルニ子ガ先ノ親方ハ、借銀ヲ返サズシテ死去セシヲ、汝ハ幸ナリト思ヘリヤ、此ハ僥倖ト云倖ナリ、此僥倖ト云サイハイハ、人ノ物ヲ盜テモ、人ヲ殺テモ、其罪不知シテ、

新字:此方ヨリ定リタル家督アリト思ヘルハ、上ヲ無スル罪人ナリ、又借銀ヲ乞者モナシトイフハ辟コトナリ、如何トナレバ、汝今親方ニ仕ルニ、最早何年ホドハ勤タレバ、イツゴロハ宿持セクレラレント、定テ期ニ、セラルベシ、然ルヲ時来テモ、暇ヲ乞サレバ宿ヲ持セズ、何マデツカワルヽトモ、親方ノ遣ヒ得ト云ツテ、スマシテ置レンヤ、我身ヲ推テ知ラルベシ、汝ガ時節ヲ待如ク、貸タル者モ日限来レバ、利足ヲ添テ返サルヽヲ待ハ常ナリ、其ヲ乞者ナケレバトテ、反サヌト云法アリヤ、然ルニ子ガ先ノ親方ハ、借銀ヲ返サズシテ死去セシヲ、汝ハ幸ナリト思ヘリヤ、此ハ僥倖ト云倖ナリ、此僥倖ト云サイハイハ、人ノ物ヲ盗テモ、人ヲ殺テモ、其罪不知シテ、

書き下し

此方より定りたる家督ありと思へるは、上を無みする罪人なり。又借銀を乞ふ者もなしといふは辟ことなり。如何となれば、汝今親方に仕ふるに、最早何年ほどは勤めたれば、いつごろは宿持たせくれられんと、定めて期に、せらるべし。然るを時来りても、暇を乞はざれば宿を持たせず、何までつかはるゝとも、親方の遣ひ得と云つて、すまして置かれんや。我が身を推して知らるべし。汝が時節を待つ如く、貸したる者も日限来れば、利足を添へて返さるゝを待つは常なり。其れを乞ふ者なければとて、反さぬと云ふ法ありや。然るに子が先の親方は、借銀を返さずして死去せしを、汝は幸なりと思へりや。此れは僥倖と云ふ倖なり。此の僥倖と云ふさいはいは、人の物を盗みても、人を殺しても、其の罪知らずして、

現代語訳

自分のほうから家の財産は決まっていると思うのは、お上をないがしろにする罪人です。また『借金を取り立てに来る者もない』と言うのは、ひがんだ理屈です。なぜかと言えば、あなたは今、主人に仕えながら、何年勤めたらいつごろ独立して店を持たせてもらえるかと、きっと時期を心づもりしているでしょう。それなのに、その時が来ても、あなたが暇を願い出ないからといって店を持たせず、いつまでもこき使って『主人の使い得だ』と済ませておかれたら、どうですか。わが身に引き比べて考えてごらんなさい。あなたがその時を待つように、金を貸した者も期限が来れば、利息をつけて返してもらうのを待つのが当たり前です。取り立てに来ないからといって返さなくてよいという法がありますか。それなのにあなたは、先代が借金を返さずに死んだことを、幸運だったと思うのですか。それは『僥倖』という種類の幸いです。僥倖という幸いは、人の物を盗んでも人を殺しても、その罪を知られずに、

解説

梅岩は奉公人自身の立場に引き寄せて説きます。年季を勤めれば店を持たせてもらえると期待しているのに、「願い出ないから」と主人が知らん顔をしたら納得できるか、貸した側もそれと同じ気持ちで返済を待っている、という論法です。取り立てがないのを幸いとするのは「僥倖」、つまり罪を免れた者の幸運にすぎないと言い切ります。相手の立場を自分に置き換えて考える「恕」の実践を、借金という身近な題材で示した箇所です。

この章句が説くこと

借金僥倖奉公信用

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