都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
勝手ノ者ハ呵マワサレ候、答、傭人ナドニモ、法事ノ心付ヲモセラレ候ヤ、曰、大勢ノ出家ナレバ、布施マデノコトニテ、外ノ心付ハ、致シ申サレズ候、今ノ親方ハ、異モノニテ、布施ハ、前ノ格式ヨリ仕過、世間ニ替テ、出入働キノ者ニモ、傭ノ外ニ心付ヲ致シ、無益ノ費御座候、
書き下し
勝手の者は呵りまはされ候。答ふ、傭人などにも、法事の心付けをもせられ候や。曰く、大勢の出家なれば、布施までのことにて、外の心付けは、致し申されず候。今の親方は、異なものにて、布施は、前の格式より仕過ぎ、世間に替りて、出入り働きの者にも、傭の外に心付けを致し、無益の費御座候。
現代語訳
(台所の者は叱りつけられました。)梅岩が「雇い人などにも、法事の心付けをなさいましたか」と尋ねると、問う人は答えました。「僧が大勢でしたので布施だけで、ほかの心付けはなさいませんでした。今の主人は変わった人で、布施は以前の格式より多く出し、世間とは違って、出入りの働き手にも手間賃のほかに心付けを渡し、無駄な出費をしています。」
解説
冒頭の一句「勝手ノ者ハ呵マワサレ候」は前の単位の末尾と同じ文で、底本にも証人の一つにも二度続けて見えるため、底本どおり残しています。先代は僧の数を誇って布施で手いっぱいになり、働いた人には何も渡しませんでした。今の主人は僧を減らした分、一人ひとりへの布施を厚くし、出入りの働き手にも心付けを渡しています。奉公人はそれを「無益の費」と言いますが、実際には、同じ費用を見栄から人への配慮へ付け替えているのだと分かります。
この章句が説くこと
布施心付け法事倹約配慮
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