都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
曰、料理ハ麁相ナリトモ、亭主機嫌ノ好ガ勝ルベシ、答、先ノ親方ハ、大業ナル法事ナド致サレシトアリ、實ニ然ヤ、曰、信心者ユヘ、佛ノコトハ大業ニ致サレ候、答、法事ノ時、何モ機嫌能、喜デ勉ラレ候ヤ、曰、大勢ノ客ヲ疎末ニセヌ心ユヘニ、下々ノ廻リ惡ケレバ、勝手ノ者ハ呵マワサレ候、
新字:曰、料理ハ麁相ナリトモ、亭主機嫌ノ好ガ勝ルベシ、答、先ノ親方ハ、大業ナル法事ナド致サレシトアリ、実ニ然ヤ、曰、信心者ユヘ、仏ノコトハ大業ニ致サレ候、答、法事ノ時、何モ機嫌能、喜デ勉ラレ候ヤ、曰、大勢ノ客ヲ疎末ニセヌ心ユヘニ、下々ノ廻リ悪ケレバ、勝手ノ者ハ呵マワサレ候、
書き下し
曰く、料理は麁相なりとも、亭主機嫌の好きが勝るべし。答ふ、先の親方は、大業なる法事など致されしとあり、実に然るや。曰く、信心者ゆへ、仏のことは大業に致され候。答ふ、法事の時、何も機嫌能く、喜んで勉められ候や。曰く、大勢の客を疎末にせぬ心ゆへに、下々の廻り悪しければ、勝手の者は呵りまはされ候。
現代語訳
問う人は答えました。「料理は粗末でも、亭主の機嫌がよいほうがまさるでしょう。」梅岩は「先代の主人は大がかりな法事などをなさったそうですが、本当ですか」と尋ねました。「信心深い人でしたから、仏事は大がかりになさいました。」「法事の時は、何ごとも機嫌よく、喜んで勤めておられましたか。」「大勢の客をおろそかにしない心から、下働きの手が回らないと、台所の者は叱りつけられました。」
解説
相手自身に「料理より亭主の機嫌がまさる」と言わせたうえで、梅岩は先代の法事の様子を尋ねます。先代は信心深く大がかりな法事をしましたが、客を粗末にしまいと気を張るあまり、手の回らない台所の者を叱りつけていた、という答えが返ってきます。盛大さと引き換えに、場の空気が怒りで満ちていたことが、本人の口から明らかになっていきます。行事の規模と、その場にいる人の心持ちは別物だという指摘の伏線です。
この章句が説くこと
法事機嫌もてなし怒り信心
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段答ふ、然れば先の親方は、呵りまはすと、我が腹立つるとを、法事にせられ候や。曰く、左にはあらず、出家さへ、五六十人も招かれ候へば、勝手には、人足らぬ故に気をせき、自ら怒られ候。然れども、結構なる法事は致され候。答ふ、法事に、仏前の供物は、自ら備へられ候や。
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段曰く、外の世話多く、それまでは手が届き申さず候。答ふ、座敷の膳や、引菓子などは、自らせられ候や。曰く、それは丁寧なる者ゆへ、重客の分は、是非とも自らせられ候。答ふ、汝は最前に、主機嫌悪しき所へ召され往くは、否と云ふにあらずや。我が身を推して万事を知るべし。法事の上客は親祖なり。然るに親祖の所へは顔出しもせず、配膳も他人に任せおき、相伴人を馳走する礼法はあるまじ。左様に待たざる所へ、料理の好味を喜び、先祖は来らるべきや。若し来れることありとも、争でか快からん。快からざることをなして、孝行の法事と云はるべきや。
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段廻りあしく、仏前の勉めは、他人に任せおき、それにて先祖在すが如きの馳走成るべきや。分を越えず、奢にならずば、出家多きを悪と云ふにはあらず。総じて今の世の法事を為すを見るに、名聞のみにて、勝手は働く者を倹約し、人少なくして、客は多きゆへに、手廻し出来ず、主は腹立ちいかること多し。其の怒り顔つきして、親祖に向かひ、何の法事に成るべきや。実の法事と云ふは、我が心を散乱せず、安楽なる顔つきを、親祖にも見せまゐらせ、出家衆へも、衣の損じ料も沢山にあるやうに、布施に心を付け、出入り働きする者にも、傭の外に心付けをなし、何方も快く喜ぶやうにするこそ、実の法事とは云ふべけれ。入用の金は、心当てを極め置き、名聞の為に、出家を聚むるゆへに、自ら布施は減じ、其の外為すべきことに、不足あることなり。法事をするとて、人を怒らせ、我も腹立ち、下々は、手足摺粉木になるほど、つかひ苦しむることこそ哀しけれ。天下に大法事など行はせ玉へば、諸国殺生禁断、罪人も御赦免なさるゝぞかし。かゝる実の御法事を法とし、身の分を僭えず、約にして、金の入用をへらさず、寄り集まる者、尽く快く喜ぶやうにせば、親祖を弔ふ、実の法事となるべし。
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段勝手の者は呵りまはされ候。答ふ、傭人などにも、法事の心付けをもせられ候や。曰く、大勢の出家なれば、布施までのことにて、外の心付けは、致し申されず候。今の親方は、異なものにて、布施は、前の格式より仕過ぎ、世間に替りて、出入り働きの者にも、傭の外に心付けを致し、無益の費御座候。
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段或人来て物語して云ふ、汝の知れる如く、我親方は、今日にては内福なる者にて、財宝何に不足のこともなし。然れども、金銀を溜るばかりにて、何を楽しむこともなく、只金銀の番をするのみにて、貧乏人に同じ。親の代には、相応の楽もせられ、少しは奢も有りし故に、借金も有りといへども、定りの家督有るゆへ是非乞ふ者も無ければ、財宝有るに同じ。申さば沢山に遣ひ得と云ふ者なり。一生それにて相済み、果報人にて終れり。加様のことは、双方の是非如何。
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『都鄙問答』卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段曰く、法事は少しにても、増すを善事と云ふべし。減らすを善と云ふは、如何なることぞや。答ふ、似ざる事ながら、汝心得やすきやうに、事を設けて語るべし。汝も生れし時は、赤子と云ふ。次いで名を付け、次郎とか太郎とか云ふべし。成長して、汝、今の名を付けり。又年寄らば、法体して法名を付くべし。其の時々の名を召べば答ふるなり。其の名は、実の者か仮の者か。