都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
曰、算盤細聚コトヲ好、散コトハ嫌ニテ、奉公人モ、綺羅バル者ハ氣ニ不入、儉約者ノ見苦鋪者ヲ好テ、其者ノ給金ニテモ、下直ナルカト云ヘバ、其モ不替、カヤウナル前後揃ヌコト如何、答、扠汝ノ親方ハ、世ノ法ト成ベキ人哉、凡テ下々ノ者ハ云ニ及バズ、假令二萬騎三萬騎ノ大將トテモ、算術疎テハ、馳挽備ヘダテ成ガタカラン、元來商賣人トシテ、算盤不知シテ、何ヲ以テ勘定致スベキ、奉公人ヲ抱ルニモ、此手代ハ十枚或ハ五枚、下男ハ百目、彼ハ又五十目ト、人別ニ替リ有、其者ノ働ヲ見テ、功有者ニハ給銀ヲ增ベシ、其目利アラバ、我手代ニ成ベキモノ、幾人モ出來ラン、中庸ニ、忠信重祿所以勸士也、コレ君誠有テ、臣ヲ養フ道ナリ、
新字:曰、算盤細聚コトヲ好、散コトハ嫌ニテ、奉公人モ、綺羅バル者ハ気ニ不入、倹約者ノ見苦鋪者ヲ好テ、其者ノ給金ニテモ、下直ナルカト云ヘバ、其モ不替、カヤウナル前後揃ヌコト如何、答、扠汝ノ親方ハ、世ノ法ト成ベキ人哉、凡テ下々ノ者ハ云ニ及バズ、仮令二万騎三万騎ノ大将トテモ、算術疎テハ、馳挽備ヘダテ成ガタカラン、元来商売人トシテ、算盤不知シテ、何ヲ以テ勘定致スベキ、奉公人ヲ抱ルニモ、此手代ハ十枚或ハ五枚、下男ハ百目、彼ハ又五十目ト、人別ニ替リ有、其者ノ働ヲ見テ、功有者ニハ給銀ヲ增ベシ、其目利アラバ、我手代ニ成ベキモノ、幾人モ出来ラン、中庸ニ、忠信重禄所以勧士也、コレ君誠有テ、臣ヲ養フ道ナリ、
書き下し
曰く、算盤細かに聚むることを好み、散ずることは嫌ひにて、奉公人も、綺羅ばる者は気に入らず、倹約者の見苦しき者を好みて、其の者の給金にても、下直なるかと云へば、其れも替らず、かやうなる前後揃はぬこと如何。答ふ、扨て汝の親方は、世の法と成るべき人かな。凡て下々の者は云ふに及ばず、仮令二万騎三万騎の大将とても、算術疎くては、馳挽備へだて成りがたからん。元来商売人として、算盤を知らずして、何を以て勘定致すべき。奉公人を抱ふるにも、此の手代は十枚或は五枚、下男は百目、彼は又五十目と、人別に替り有り。其の者の働きを見て、功有る者には給銀を増すべし。其の目利きあらば、我が手代に成るべきもの、幾人も出来らん。中庸に、忠信にして禄を重くするは士を勧むる所以なりと。これ君誠有りて、臣を養ふ道なり。
現代語訳
問う人が言いました。「主人は算盤でこまかく貯めることを好み、出すことは嫌いで、奉公人も着飾る者は気に入らず、倹約して見苦しい身なりの者を好みます。それならその者の給金は安いのかというと、そうでもありません。こういうちぐはぐなことはどうでしょう。」梅岩は答えました。「さてさて、あなたの主人は世の手本となるべき人ですね。庶民は言うまでもなく、たとえ二万騎三万騎を率いる大将でも、算術にうとくては、兵の進退や陣立てもうまくいかないでしょう。もともと商人でありながら算盤を知らずに、何で勘定をするのですか。奉公人を抱えるにも、この手代は十枚、あるいは五枚、下男は百匁、あの者は五十匁と、人ごとに違いがあります。その者の働きを見て、功のある者には給金を増やすべきです。その目利きがあれば、自分の手代になれる者が何人も育つでしょう。中庸に『忠信の者に禄を厚くするのは、士を励ますためである』とあります。これは主君が誠をもって臣下を養う道です。
解説

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