師導古典を学びたいすべての人に

都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段

曰、折々ハ普請ノ手傳ヤ、手代ノ代リヲ勉ラルヽ、加樣ナルコト如何、答、問ニヨツテ見レバ、親方ノ心入、實尤至極セリ、汝ハ常ヲ知テ變ヲ不知、格式定レル武ノ家ヲ以テ見ルベシ、治世トイヘドモ、軍旅ノコトヲ舍ザルハ、士ノ常ナリ、唐土ニハ、田獵ヲシテ武ノ事ヲ習、我家ノ業ヲ習ハ、人ノ常ナリ、何程手代アレバトテ、賴トハナラズ、若手代ナクナラバ、其時ハ家業ヲ舍ンヤ、家業ノコトヲ不知シテ、何ヲ以テ商賣取續、家ヲ立ベキ、孟子曰、禹八年於外、三過其門而不入、禹是時ニ當テ、天下ノ洪水ヲ治メ玉フ、我職分ヲ勉メ玉フコト如斯、親方ハ我職分ニ疎カラズ、聖人ノ道ヲ能聞得タル人ナリ、

新字:曰、折々ハ普請ノ手伝ヤ、手代ノ代リヲ勉ラルヽ、加様ナルコト如何、答、問ニヨツテ見レバ、親方ノ心入、実尤至極セリ、汝ハ常ヲ知テ変ヲ不知、格式定レル武ノ家ヲ以テ見ルベシ、治世トイヘドモ、軍旅ノコトヲ舎ザルハ、士ノ常ナリ、唐土ニハ、田猟ヲシテ武ノ事ヲ習、我家ノ業ヲ習ハ、人ノ常ナリ、何程手代アレバトテ、頼トハナラズ、若手代ナクナラバ、其時ハ家業ヲ舎ンヤ、家業ノコトヲ不知シテ、何ヲ以テ商売取続、家ヲ立ベキ、孟子曰、禹八年於外、三過其門而不入、禹是時ニ当テ、天下ノ洪水ヲ治メ玉フ、我職分ヲ勉メ玉フコト如斯、親方ハ我職分ニ疎カラズ、聖人ノ道ヲ能聞得タル人ナリ、

書き下し

曰く、折々は普請の手伝ひや、手代の代りを勉めらるゝ、加様なること如何。答ふ、問ひによつて見れば、親方の心入れ、実に尤も至極せり。汝は常を知りて変を知らず。格式定れる武の家を以て見るべし。治世といへども、軍旅のことを舎てざるは、士の常なり。唐土には、田猟をして武の事を習ふ。我が家の業を習ふは、人の常なり。何程手代あればとて、頼みとはならず。若し手代なくならば、其の時は家業を舎てんや。家業のことを知らずして、何を以て商売取り続け、家を立つべき。孟子曰く、禹外に八年、三たび其の門を過ぎて入らず。禹是の時に当りて、天下の洪水を治め玉ふ。我が職分を勉め玉ふこと斯くの如し。親方は我が職分に疎からず、聖人の道を能く聞き得たる人なり。

現代語訳

問う人が言いました。「主人は時々、建物の普請の手伝いをしたり、手代の代わりを勤めたりされます。こういうことはどうでしょう。」梅岩は答えました。「お話を聞くと、主人の心がけはまことにもっともです。あなたは平常のことは知っていても、非常の時のことを知りません。しきたりの定まった武家を例に考えてごらんなさい。太平の世でも戦の備えを捨てないのが武士の常です。中国では狩りをして武事を習いました。自分の家の仕事を身につけておくのは人の常です。手代がどれほどいても、当てにはなりません。もし手代がいなくなったら、その時は家業を捨てるのですか。家業のことを知らずに、何で商売を続け、家を立てていけるでしょう。孟子は『禹は外にあること八年、三度自分の家の門の前を通っても入らなかった』と言っています。禹はそのとき天下の洪水を治めておられたのです。自分の職分をこれほどまでに勤められたのです。主人は自分の職分をおろそかにしない、聖人の道をよく聞き知った人です。」

解説

主人が自ら現場に出て手代の仕事までするのを、奉公人はみっともないと感じています。梅岩は、太平の世でも武芸を怠らない武士になぞらえ、手代が欠けたときに家業が止まらないよう主人自身が仕事を身につけておくのは当然だと答えます。引かれるのは『孟子』滕文公上の、洪水を治めるため八年間わが家に立ち寄らなかった禹の話です。現場を知らない経営者は、人が抜けた瞬間に何もできなくなるという戒めとして読めます。

この章句が説くこと

職分家業現場備え

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる