都鄙問答 / 卷之四・或人主人行狀ノ是非ヲ問ノ段
遁タルモノヽ幸ナリ、此幸ハ望ムベキ所ニアラズ、然ルヲ果報人ニテ終ト云フハ、如何ナルコトゾ、推取シテハ、スマザルコトノ證アリ、善惡ノ二ヲ擧テ告ベシ、先唐土ノ堯舜ハ、天下ヲ治玉ヒ、仁ト孝トノ法トナリ、大聖孔子ハ、至德ヲ以テ、其道ヲ後世ヘ傳ヘ玉ヒ、今ニ至テ唐土ハ云フニ及バズ、我朝マデヲ照シ玉フ、又盜跖ハ大盜ニテ、其惡名今ニ不絕、天下ノ人コレヲ惡ム、聖人ハ、不義ノ物ハ一芥ヲモ受玉ハズ、盜跖ハ、人ノ物ヲ推取シ、盜人ノ名ハ朽ザルナリ、此モ同ジコトニテ相濟ト云ンヤ、借タル物ハ戾シ、貸シタル物ヲ請取ルハ、人ノ道ナリ、且孝弟忠信ノ德アツテ、家業ニ疎カラズ、加樣ノ類ヲ善事ト云、道ハ天地ニ昭然タリ、然ルヲ汝ガ先ノ親方ハ奢ヲナシ、他借ヲ乞者ナシトテ反サズ、反サズシテ、死スルハ推取ナリ、其推取セシハ、聖人ニ近キヤ盜跖ニ近キヤ、其不義ヲ行ヒシ人ヲ、一生事濟、果報人ゾト思フ汝ハ、盜跖ニ與スル者ナリ、今ノ親方ハ身ヲ約ニシテ、親ノ借銀ヲ濟シ、惡名ヲ雪クコレ人ノ道ナリ、范氏所謂子能改父之過、變惡以爲美、則可謂孝矣云コレナリ、
新字:遁タルモノヽ幸ナリ、此幸ハ望ムベキ所ニアラズ、然ルヲ果報人ニテ終ト云フハ、如何ナルコトゾ、推取シテハ、スマザルコトノ証アリ、善悪ノ二ヲ挙テ告ベシ、先唐土ノ堯舜ハ、天下ヲ治玉ヒ、仁ト孝トノ法トナリ、大聖孔子ハ、至徳ヲ以テ、其道ヲ後世ヘ伝ヘ玉ヒ、今ニ至テ唐土ハ云フニ及バズ、我朝マデヲ照シ玉フ、又盗跖ハ大盗ニテ、其悪名今ニ不絶、天下ノ人コレヲ悪ム、聖人ハ、不義ノ物ハ一芥ヲモ受玉ハズ、盗跖ハ、人ノ物ヲ推取シ、盗人ノ名ハ朽ザルナリ、此モ同ジコトニテ相済ト云ンヤ、借タル物ハ戻シ、貸シタル物ヲ請取ルハ、人ノ道ナリ、且孝弟忠信ノ徳アツテ、家業ニ疎カラズ、加様ノ類ヲ善事ト云、道ハ天地ニ昭然タリ、然ルヲ汝ガ先ノ親方ハ奢ヲナシ、他借ヲ乞者ナシトテ反サズ、反サズシテ、死スルハ推取ナリ、其推取セシハ、聖人ニ近キヤ盗跖ニ近キヤ、其不義ヲ行ヒシ人ヲ、一生事済、果報人ゾト思フ汝ハ、盗跖ニ与スル者ナリ、今ノ親方ハ身ヲ約ニシテ、親ノ借銀ヲ済シ、悪名ヲ雪クコレ人ノ道ナリ、范氏所謂子能改父之過、変悪以為美、則可謂孝矣云コレナリ、
書き下し
遁れたるものゝ幸なり。此の幸は望むべき所にあらず。然るを果報人にて終ると云ふは、如何なることぞ。推取しては、すまざることの証あり、善悪の二つを挙げて告ぐべし。先づ唐土の堯舜は、天下を治め玉ひ、仁と孝との法となり、大聖孔子は、至徳を以て、其の道を後世へ伝へ玉ひ、今に至りて唐土は云ふに及ばず、我が朝までを照し玉ふ。又盗跖は大盗にて、其の悪名今に絶えず、天下の人これを悪む。聖人は、不義の物は一芥をも受け玉はず、盗跖は、人の物を推取し、盗人の名は朽ちざるなり。此れも同じことにて相済むと云はんや。借りたる物は戻し、貸したる物を請け取るは、人の道なり。且つ孝弟忠信の徳あつて、家業に疎からず、加様の類を善事と云ふ。道は天地に昭然たり。然るを汝が先の親方は奢をなし、他借を乞ふ者なしとて反さず、反さずして、死するは推取なり。其の推取せしは、聖人に近きや盗跖に近きや。其の不義を行ひし人を、一生事済み、果報人ぞと思ふ汝は、盗跖に与する者なり。今の親方は身を約にして、親の借銀を済し、悪名を雪ぐ、これ人の道なり。范氏の所謂、子能く父の過ちを改め、悪を変じて以て美と為さば、則ち孝と謂ふべしと云ふ、これなり。
現代語訳
逃れた者の幸いです。そんな幸いは望むべきものではありません。それを果報者として終わったとは、どういうことですか。奪い取ったままでは済まないという証拠を、善と悪の二つを挙げて示しましょう。中国の堯・舜は天下を治めて仁と孝の手本となり、偉大な聖人孔子は最高の徳によってその道を後世に伝え、今では中国はもちろん、わが国までも照らしています。一方、盗跖は大盗賊で、その悪名は今も絶えず、天下の人が憎んでいます。聖人は不正な物はちり一つも受け取らず、盗跖は人の物を奪い取って、盗人の名が消えることはありません。これも同じことで済むと言えますか。借りた物は返し、貸した物は受け取るのが人の道です。そのうえ孝・悌・忠・信の徳があり、家業をおろそかにしない、こういうことを善と言うのです。道は天地の間に明らかです。それなのにあなたの先代はぜいたくをし、取り立てる者がいないからと借金を返さず、返さないまま死にました。これは奪い取ったのと同じです。その奪い取りは、聖人に近いですか、盗跖に近いですか。その不正をした人を、一生うまく済ませた果報者だと思うあなたは、盗跖の味方をしているのです。今の主人はわが身を切り詰めて、親の借金を返し、汚名をすすいでいます。これこそ人の道です。范氏が『子が父の過ちを改め、悪を変えて美となすなら、孝と言ってよい』と言ったのは、このことです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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史記 五帝本紀堯子丹朱の不肖にして、天下を授くるに足らざるを知る。是に於て乃ち権りて舜に授く。舜に授くれば、則ち天下其の利を得て丹朱病む。丹朱に授くれば、則ち天下病みて丹朱其の利を得。堯曰く、「終に天下の病を以て一人を利せず」と。而して卒に舜に授くるに天下を以てす。堯崩じ、三年の喪畢はり、舜丹朱に譲りて南河の南に辟く。諸侯の朝覲する者は丹朱に之かずして舜に之き、獄訟する者は丹朱に之かずして舜に之き、謳歌する者は丹朱を謳歌せずして舜を謳歌す。舜曰く、「天なるかな」と。而る後に中国に之きて天子の位を践む。是を帝舜と為す。虞舜は、名を重華と曰ふ。重華の父を瞽叟と曰ひ、瞽叟の父を橋牛と曰ひ、橋牛の父を句望と曰ひ、句望の父を敬康と曰ひ、敬康の父を窮蟬と曰ひ、窮蟬の父を帝顓頊と曰ひ、顓頊の父を昌意と曰ふ。以て舜に至るまで七世なり。窮蟬より以て帝舜に至るまで、皆微にして庶人為り。舜の父瞽叟は盲にして、舜の母死し、瞽叟更に妻を娶りて象を生む。象は傲なり。瞽叟後妻の子を愛し、常に舜を殺さんと欲す。舜避け逃る。小過有るに及べば、則ち罪を受く。父及び後母と弟とに順事し、日に以て篤謹にして、懈ること有る匪し。舜は、冀州の人なり。舜歴山に耕し、雷沢に漁し、河浜に陶し、什器を寿丘に作り、時に負夏に就く。舜の父瞽叟は頑、母は嚚、弟象は傲にして、皆舜を殺さんと欲す。舜順適して子の道を失はず、兄弟に孝慈なり。殺さんと欲するも、得可からず。即ち求むれば、嘗に側に在り。舜年二十にして孝を以て聞こゆ。三十にして帝堯用ゐる可き者を問ふに、四嶽咸虞舜を薦めて、可なりと曰ふ。
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『童子問』卷中問ふ。何をか達孝と謂ふ。曰く、達孝なる者は、天下に通ずるの孝にして、一人の小孝に非ざるを謂ふなり。夫れ飲食供奉、左右就養する者は、人子の常職にして、以て孝と為すに足らず。惟善く人の志を継ぎ、善く人の事を述べ、身を立て道を行ひ、名を後世に揚げて、以て父母を顕して、而る後に孝と称するに足るなり。孔子曰く、孟荘子の孝や、其の他は能くすべきなり。其の父の臣と父の政とを改めざるは、是れ能くし難きなり、と。荘子の父献子は、魯の賢大夫にして、名を諸侯に顕す。其の臣は皆献子の挙ぐる所、其の政は皆献子の建つる所なり。人材紀綱、以て後嗣に遺すに足る。荘子皆能く之を用ひて改めず。故に夫子之を称す。言ふこころは、荘子の孝、其の能くし難き者固より多し。然れども此の二事の最も能くし難しと為るに如かざるなり。此に由りて之を観れば、其の先業を斁り、其の家声を堕す者は、他の美有りと雖も、不孝の甚だしきなり。孟懿子孝を問ふ。子曰く、生けるには之に事ふるに礼を以てし、死すれば之を葬るに礼を以てし、之を祭るに礼を以てす、と。蓋し懿子は魯の上卿にして、民の具に瞻る所なり。而して生事葬祭礼を以てすれば、則ち徒に能く其の家を治めて法有るのみに非ず、亦以て魯国を善くするに足る。君は以て忠と為し、民は以て帰と為し、以て孟氏の祀を永くすべし。故に夫子此を以て之に告ぐ。深いかな。
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『徂徠先生答問書』卷中一孝行の儀御尋に候。成程聖人の教には孝弟忠信を中庸の徳行と名付け、是を貴賤によらず人たる者の勤め行ふべき事といたし申候。君子の道も、是を土台にいたし不申候得ば、高きにのぼるに楷梯なきがごとくに御座候。舜の契を司徒の官になされ、五倫を教へしめ給ふも、孔子の民に中庸の徳なき事を御なげき被成候も同意にて御座候。孝は父母によくつかへ候事、弟は兄長によくつかへ候事、忠は君につかゆるにても、又たれにても、人のためになし候事をば我身の事のごとくに如在なく身にかけ申候事に候。信と申候は、朋友其外あまねくの人にまじはり申候には言語を慎み偽り違候事なきやうに致し候を申候。是にて父母兄弟君臣朋友の道こもり申候故、五倫と申候も、中庸と申候も、孝弟忠信と申候も、ひとつ事にて御座候。
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尚書・君陳王若(かく)のごとく曰く、「君陳よ、惟れ爾令徳にして孝恭なり。惟れ孝にして、兄弟に友に、克く有政に施す。汝に命じて茲の東郊を尹(をさ)めしむ、敬せよや。昔周公万民を師保し、民其の徳を懐く。往きて乃の司を慎み、茲に厥の常に率へ。懋めて周公の訓を昭らかにせば、惟れ民其れ乂まらん。我聞く、曰く、
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論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
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『翁問答』上卷之本体充問曰庶人の孝行はいかゞ。師の曰農工商何れも其所作を能勤め怠らず財穀を貯へ、むざと費やさず身持心立能慎み、公儀を恐れて法度に背かず、我身子の事をば第二とし、父母の衣服食物を第一に思ひ入、心力を尽して及ぬきはをも調へて父母の受悦ぶ様にもてなして能く養ふは庶人の孝なり。体充問曰五等の孝の内、只庶人に計り父母を養ふと説給ふは、如何なる故にて候や。師の曰士より上は財乏しからず養ふ事は云ふに及はず、庶人は財乏しくして、充分に心を苦しめ力を尽さゞれば、衣服食物足らざる故に、庶人に計り養ひを説給ふ五等皆其位の内にて第一重き所を取りて、説給ふ道理は皆相通するなり、能く体認すべし。