都鄙問答 / 卷之三・性理問答ノ段
其心ヲ、聖人ヲシテ民ニ知ラシメ玉フ、聖人ハ、天ノ如クコシラヘ出スコト不能、天ノ力ニ不屆所ヲ敎ヘ、世ヲ救ヒ玉フ聖人ナクバ、天德見レズ、天德ナクバ、爭聖人ノ功ヲ立玉ハン、譬バ日本武尊ノ武勇ナクバ、天ノ叢雲ノ御劍モ、草薙ノ御劍ト云名ハ見レジ、寶ノ德モ、皆持人ニヨル、聖人ナクトモ、天ノ道朽ハセズ、然レドモ世ニ見レ不行、世ノ人德ヲ明カニセント、眼ヲ開クベキ所ナリ、天ノ道ヲ知テ、世ニ敎ヘ施シ玉フヲ、聖知トハイヘリ、
新字:其心ヲ、聖人ヲシテ民ニ知ラシメ玉フ、聖人ハ、天ノ如クコシラヘ出スコト不能、天ノ力ニ不届所ヲ教ヘ、世ヲ救ヒ玉フ聖人ナクバ、天徳見レズ、天徳ナクバ、争聖人ノ功ヲ立玉ハン、譬バ日本武尊ノ武勇ナクバ、天ノ叢雲ノ御剣モ、草薙ノ御剣ト云名ハ見レジ、宝ノ徳モ、皆持人ニヨル、聖人ナクトモ、天ノ道朽ハセズ、然レドモ世ニ見レ不行、世ノ人徳ヲ明カニセント、眼ヲ開クベキ所ナリ、天ノ道ヲ知テ、世ニ教ヘ施シ玉フヲ、聖知トハイヘリ、
書き下し
其の心を、聖人をして民に知らしめ給ふ。聖人は、天の如くこしらへ出だすこと能はず、天の力に届かざる所を教へ、世を救ひ給ふ。聖人なくば、天徳見はれず。天徳なくば、争か聖人の功を立て給はん。譬へば日本武尊の武勇なくば、天の叢雲の御剣も、草薙の御剣と云ふ名は見はれじ。宝の徳も、皆持つ人による。聖人なくとも、天の道朽ちはせず。然れども世に見はれ行はれず、世の人徳を明らかにせんと、眼を開くべき所なり。天の道を知りて、世に教へ施し給ふを、聖知とはいへり。
現代語訳
その心を、聖人を通して民に知らせられます。聖人は天のように物を作り出すことはできず、天の力の届かないところを教えて世を救われるのです。聖人がいなければ天の徳は現れず、天の徳がなければ聖人も功を立てられません。たとえば日本武尊の武勇がなければ、天叢雲剣も草薙剣という名で知られることはなかったでしょう。宝の徳も、みな持つ人しだいです。聖人がいなくても天の道が朽ちることはありません。けれども世に現れず行われない。世の人は徳を明らかにしようと眼を開くべきところです。天の道を知って、世に教え施されることを聖知というのです。
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、聖人は生まれながらにして知り給ふ。汝等如きの窺ひ知るべき所にあらず。然るに心易く、聖知の私知のと判断せるは、如何なることぞや。答ふ、汝も黒白は心易く分かるべし。聖知と私知とを分かつも是くの如し。禹の水を治め給ふ時に、彼は高し此は下しと、知り給ふばかりのことにて、替りたること有るに非ず。私知とは、品々の了簡を加ふるゆゑに、自然の知にあらず。此れ聖知に異なり。聖知を近く知らんと思はば、程子曰く、今の人羈勒を以て馬を御して、以て牛を制せず。人皆羈勒の作るは人に在るを知りて、羈勒の生ずるは馬に由るを知らず。聖人の化も亦猶ほ是のごとし。聖人馬を見て、後に羈を作りて、馬にはませて使ひ給ふ。此れ母の胎内より、知りて生まれ給ふには非ず。向かひ視る物を、則ち心と為し給ふ。是れ聖知の勝れたる所なり。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段以て斎鏡と為すべしと。此の天照太神は、神璽の御徳、宝鏡宝剣の御徳見はれたまふ御神なり。中庸に所謂、誠よりして明らかなる、之を性と謂ふ者にして、天道なり。天忍穂耳尊は、中庸に所謂、明らかなるよりして誠なる、之を教と謂ふ者にして、教に由りて神璽の御徳に入り給ふ所なり。神璽の御徳に至り給へば、宝鏡宝剣の御徳は、其の中に籠り給へり。此の宝鏡を視ますこと、吾を視るごとくすべしとのたまへば、宝鏡を直に天照太神宮とも拝むべし。床を同じくし殿を共にすとのたまふは、宝鏡の御徳を離れ給はずば、代々の君、天下を平らかに治め給ふべしとの、御宝勅なりと拝すべし。此の理を知らずして事を行はば、君としては国を亡ぼし、臣としては家を乱し、政道正しからずして、無益の物を殺し、人欲肆にして、無道を行ひ、五倫五常の道に背き、出家は五戒を破り、
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『都鄙問答』卷之四・或人天地開闢ノ說ヲ譏ノ段況んや性理に明らかなる者、文学に達するならば、聖学の興ること速かなるべし。孟子の所謂、七八月の間、旱すれば苗槁る。天油然として雲を作し、沛然として雨を下せば、則ち苗浡然として之に興る。かくの如く興り起りて、聖学天下に遍からん。此の故に博学豪傑の士、性理に明らかなる者あらんことを幾ふ。汝も一理を明し得ならば、其の時にこそ、神聖其の中に生れ、国常立尊と号すとの玉ふこと知覚し、天の与ふる楽を得て、実の道に入らるべし。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、汝のいへる所も一理あるなれば、何れを学ぶも外ならず。我も向後は、心のことをも工夫すべきが、然れども、孟子の性善は、愈済がたし。聖人は、知仁勇の三徳全して善なるべし。最早賢人さへ全からず。況や衆人は又劣り、それを一列に善といふは、如何なることぞや。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段かくの如きは渺然として主とする所なきに似たり。然れども聖人、理を窮め給へば、義有りて存せり。喩へば雪中に梅の香を知るが如し。形見えずして明らかなり。然れば聖人の心は、天道に至り給ひ、天地あらん限りは在し給ふ。聖人没し給ふに、心ばかり残れること如何と思ふべきが、世に在す時も、心は天道なり。詩に曰く、文王上に在して、天に昭らかなりといへり。此の心を知らば、徳行は至らずとも、儒者ともいふべきが、其の心を知らざる者を、聖人の弟子とはいふべからず。扨儒仏共に、理の所は近うして分かれがたし。又行ひの上は、見えたる通りに、雲泥の違ひあり。出家は五戒を有ち、俗は五倫の道を行ふ。是又まぎるることはなし。其の出家の真似を、俗がするに因りて、流れに費え有り。唐土にも、
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伝習録・陳九川録先生曰く、「聖人も亦た是れ『学知』なり。衆人も亦た是れ『生知』なり」と。問いて曰く、「何如」と。曰く、「這の良知は人人皆な有す。聖人は只だ是れ保全して些(すこ)しの障蔽も無く、兢兢業業、亹亹翼翼として、自然に息まず。便ち也(また)是れ学なり。只だ是れ生の分数、多し。所以に之を『生知・安行』と謂う。衆人は孩提の童より、此の知を完具せざる莫し。只だ是れ障蔽、多し。然れども本体の知は自ら泯息し難し。問学克治すと雖も、也(また)只だ他に憑る。只だ是れ学の分数、多し。所以に之を『学知・利行』と謂う」と。